異世界転生したとかいう清掃用務員
イレギュラーを何とも思わずぶっちゃける女、クーリア・ジェニスター。
「――は、はあ~。一通りは分かりました~。ココラルさんも信じてるみたいですし~、これは私も信じるしかないですね~」
俺の疑問に答えるように、クーリアが説明をしてくれた。
手元には分厚い資料の束を渡され、『クーリア・ジェニスターの転生について』とか『<清掃用務員>について』などと書かれている。
特に『<清掃用務員>について』はやたらと詳しく書かれている。
ここまで詳しく書かれると、とにかく熱意がすごい。
どうやらクーリアが<暗黒魔法>を消すことができたのは、このスキルが関係しているようだが――
「こことは別の世界からの転生……。こんな話があるなんて、ボクも初めて聞きました……!」
――一緒に話を聞いていたファブリも言っているが、重要なのはむしろそっちじゃないだろうか?
こことは違う別の世界の存在。そこで一度死んだ人間がこの世界へとやって来たこと。
多分こっちの方がクーリア本人には重要な気がする。
総じてどんな魔法よりも驚きの話だが、クーリアは頑張って説明してくれるし、すでに話を聞いていた主のココラルの嬢ちゃんも信じているようだし、ここまで来ると俺も信じざるを得ない。
もしかすると転生も<清掃用務員>も、シケアルの兄貴の<暗黒魔法>よりとんでもないのかもしれない。
「それにしても~、<清掃用務員>ですか~。私も初めて聞く職業ですね~」
「ボクも初めて聞きました! ボクを"汚れ"から救ってくれましたし、本当にすごい職業スキルですね!」
「そうなのですわ! わたくしはクーリアの持つ<清掃用務員>のスキルこそ、本当の<勇者>だと思うのですわ!」
俺もマリアックの口調で話に入り、<清掃用務員>について聞いてみる。
クーリア達は兄貴の<暗黒魔法>のことを、"汚れ"と呼んでいる。
そして<清掃用務員>の力は『あらゆる"汚れ"を洗い落とすことができる』というものらしい。
要するにクーリアが<暗黒魔法>を"汚れ"と認識しているために、各種洗剤や清掃道具を使って<暗黒魔法>を掃除することができる、と――
(……なんだか、メチャクチャな能力だな)
――クーリアの話を聞いて、俺は頭の中で一人そうつぶやく。
<清掃用務員>自体は特別すごい魔法が使えるわけでもなく、あくまでジョブスキルの概念の一つに過ぎない。
だがこことは違う異世界の力だからこそ、この世界の概念さえも覆す可能性を持っているのかもしれない。
もしかしたら、本当にシケアルの兄貴にも対抗することが――
「あの~、私思うんですけど~。もしかして~、その"汚れ"というのは~、魔法に近いものかもですね~」
――そんなわずかな希望を抱きながら、俺は<暗黒魔法>に結び付きそうな情報を少しだけ出してみた。
「"汚れ"を司るような魔法があるということでしょうか?」
「う~ん……そこまでは分かりませんね~。だけど~、先程の話からすると~、この世界とクーリアさんがいた世界は~、大きく違うわけですから~、可能性としてはありそうですよね~」
クーリアも俺が出した話に食いついてきてくれる。
この調子で俺から直接<暗黒魔法>については話さず、どうにか兄貴にたどり着いてくれればいいのだが――
「そうですわ! 魔法のことならば、お父様に聞いてみるのが一番ですわ!」
――そう考えていると、今度はココラルの嬢ちゃんがさらなる提案をしてくれた。
「お父様は王城で魔法に関するお仕事もしてるのですわ! お父様なら、何か詳しいことを知っているかもしれないのですわ!」
「確かに、旦那様なら何か知っているかもしれません」
確かにこいつの父親であるアトカル・ファインズ公爵ならば有益な情報が得られそうだが、あのヒゲ公爵も兄貴によって<暗黒魔法>をかけられていたはずだ。
それどころかファインズ公爵邸全体に<暗黒魔法>を結界のように展開していると、以前兄貴も少し言っていた。
――いや、おそらくそれらも全て、クーリアが消し去ってしまったのだろう。
クーリアやココラルといったファインズ公爵家の人間の様子を見る限り、その線が濃厚だ。
その規模を考えると、つくづくクーリアの<清掃用務員>とかいうスキルがとんでもなく見えてくる。
こことは違う異世界には、こんなとんでもないスキルを持った人間が他にもいるのだろう。
世界とは壁を越えて、実に広いものだと思う。
ただ、俺はそんなとんでもないクーリアの能力に、可能性を見出さずにはいられない。
クーリアへ勝手に他人任せにしてしまうことになるが、それでも俺は賭けてみたいという気持ち。
クーリアがシケアルの兄貴へとたどり着き、<暗黒魔法>に完全に打ち勝つことができれば、俺もこの呪縛から解放される。
(惚れた女に託すのも情けない話だが、どうにかして兄貴を止めないと、他の連中にまで被害が行きそうだ)
自分でも情けないとは思っている。
だが大局で見た場合の兄貴の危険性も考えると、クーリアに託すのが一番な気がする。
俺もこれからはクーリア達に、できうる限りの協力をしてみよう。
「では、後で旦那様に確認に行きます。今はココラルお嬢様もファブリ様も、授業にお戻りください」
「そ、そうでしたの!? もうすぐ授業が始まりますの!」
「あ、あわわ!? ココラル様! 急いで教室に行きましょう!」
そうこうしていると、クーリアがココラルとファブリに授業の話を振って来た。
気が付けばもうすぐ授業が始まる時間だ。
前世の記憶が戻ったといっても、そういうところは今まで通りにこなすとは、なんとも真面目な奴だ。
――そんな姿を見ていると、なんだか俺なんかじゃクーリアと釣り合いが取れない気がする。
こいつが言っていた異世界転生だの<清掃用務員>だのといった話は、普通の人間ならまず話そうとしない。
話したところで信じてもらえず、ただ頭のおかしい奴と思われて終わりだ。
あるいはそのことをひた隠し、何か悪事でも企てる可能性だってある。
それなのに、クーリアはしっかりと熱心に俺達周囲の人間に説明してくれた。
馬鹿みたいなことをしているが、実際にここまで熱心に説明してくれた方が俺も信用できる。
おまけに新たに得た能力を、何よりも周囲の人間のために使うことを優先し、これまでの生き方を変えようとはしていない。
――芯が通った本当の意味で強い人間。
それがクーリア・ジェニスターという存在なのだろう。
俺のように実の兄に怯えて、ただ従うだけの人間とは違う。
俺が惚れた女は、俺よりもよっぽど素晴らしい人間だった。
「それではこれにて失礼します。シスター・マリアック」
「いえいえ~。クーリアさんのお話には驚きましたが~、私も楽しかったです~」
「私としてもあなたとお話しできて楽しかったですし、大変参考になりました」
そんな俺の考えなど露知らず、クーリアも俺に礼を言って教会を出ようとした。
実際にクーリア達と話す時間は俺にも希望が見えてきたし、楽しいものがあった。
俺も多少の下心はあれど、クーリアとは良好な関係を築きたいものだ。
「それでは~、私もお見送りを~――」
そして俺も見送りのために席を立とうとしたのだが――
――ゾクリッ!
(ッ!? この感覚は……!?)
――その時、俺の身に言いようのない悪寒が走った。
その悪寒は俺の体を一瞬脱力させ、地面へと崩れさせる――
「あら~~!?」
ドテンッ!
すぐさまドジっ子マリアックとしての演技をして、クーリア達には気付かれないようにはできた。
だが、俺の身に走った悪寒の正体はすぐ近くにいる。
クーリア達が完全にいなくなったのを確認すると、俺は教会の裏手に出て、その正体に会いに行った――
「やあ、フェイキッド。懺悔でも聞いてる最中だったのかな?」
「チィ……シケアルの兄貴……!」
裏でかなり苦労していた男、マリアック・アリビュートことフェイキッド・スクリーム。




