渇望
よく覚えていないが前にもシュンの怪我を回復させたことがあった。
今回だってきっと……。
『おやめください。 キリル様の能力はまだ成長の途中。怪我を直す程度ならともかく、死者をそれも
肉体を失ったものの蘇生など出来るはずがありません』
「≪アラクネ≫………」
『もし、このまま力を解放すれば、ひょっとすると上手く行くかも知れない。しかし失敗する確率が断然高いです。 過度な力の使用の反動こそが目の前のシュン様の有様なのですよ?
いいのでしょうか?
シュン様は命を捨ててまで貴女を助けました。
そんな大切な命を粗末に使ってしまっても?』
「……………それはーー」
私は自分でも信じられないくらいに自信を持ってはっきりと≪アラクネ≫に答えることが出来た。
きっと以前の私ならここで怖くなって逃げたに違いない。
しかし、シュンに教えてもらった。
何かを求めるためには何が必要なのかを。
私の気持ちの変化に同調しているのか体の模様の光が渦巻き始めた。
ああ、よかった。
すべてがうまくいくなんて思ってない。
幼い頃からの経験から奇跡など信じない。
しかし、ずっと希望だけは失ってなかった。
人は生きている限り希望を持てる。
どんな境遇であってもどんなに絶望的でも
必死に藻搔き、求めずにはいられない。
私を愛してくれる人を私も愛し、
小さな幸せを手に入れる。
そんな希望。
それへの渇望。
誰にも負けたくない。
何者にも邪魔はさせたくない。
だってシュンは私の希望だから。
◆◆◆
俺は多分死んだのだろう。
全身に感覚がない。
キリルに最後の挨拶くらいはしたかったな。
と思うのは欲張りだろう。
≪プロミネンス≫と戦う最中にパワードスーツを維持できなくなっててもおかしくない状況だった。
それくらい、ギリギリだった。
あの攻撃は≪アラクネ≫からのリンク回線で貰ったデータが無かったら絶対防げなかった。
光学兵器のエネルギーを受け止める技術など人類の領域を遥かに超えている。
≪アラクネ≫からのデータは理解は出来るはずもなく、なんとか必死に真似してみた。
パワードスーツの機能維持以外のリソースは全部防御に回す。
全身にくまなくエネルギーの集積ポイントを形成してベクトルを変換。
パワードスーツの表面を駆け巡らせることでキリルへ被害が及ばないようにする。
しかし、それは導火線に火のついた爆弾のたらい回しでしかない。
時間が長引くと危険度も跳ね上がる。
最後には吸収変換されたエネルギーを収束させて逆攻勢。
名づけて【ドレイン・チャージ・カウンター】
これが一番のミソで難易度が高い。
一歩間違えば爆弾は敵に渡す前に爆発してしまう。
制御も【ドラゴン】戦の小細工など子供の遊戯に思えるくらいに難しい。
けど、やり遂げた。
ちょっと心配だけど後は≪アラクネ≫に任せるしかない。
ただ、キリルがちょっと心配だ。
彼女はきつそうな外見だが、本当は優しく気が弱い。
あの美貌だ。悪い男に騙されないか心配だ。
現に俺みたいな男に何回もいいように動かされた。
はあ~。
そもそも、キリルの心配をするくらいのたまか? 俺って?
こんな事件がなかったら道端で会ったとしても絶対声など掛けられない。
安月給の俺には到底狙えないような美人だ。
例え最後の≪プロミネンス≫戦で助かったとしても、上手く行かなかったに違いない。
これでいいんだ。
最後まで彼女のために戦って守って見せた。
俺のしがない人生で誇れることが出来た。
恰好だけつけて犬死したりするよりは百倍もましな結果だ。
多分。
きっとそうだ。
ああ
…………………。
未練がないと言えば
それは嘘だ。
ダメもとで恋人になってくれとか、子供を産んでくれとか言ってみればよかった。
いかにもチャラ男な感じで、さらっと言えばあるいはワンチャン………。
ふっ、振られた場合のショックを考えれば絶対言えないけどな。
「そ、そんなの言えばいいじゃない」
「は?」
瞼をあけるとキリルの美しい顔があった。
この美し過ぎる吊り目……。
じゃなくて俺何故生きてるんだ?
体の復元に失敗したのに……。
ふと、とても柔らかくて暖かいものに包まれているのに気が付いた。
これ膝枕?
おお!! 思春期のガキじゃないけど純粋にすごく嬉しい。
『まさか、本当に成功させるとは。
キリル様の変異能力が治療と蘇生を可能にする力であるのは推測はしていましたが…。
前例がないとは言えませんが、とても珍しい能力なんですよ』
「そうなのか?」
「よくわからないけど何とか出来た」
満面の笑顔を見せるキリル。
『ムードをぶち壊すようで申し訳ございませんが、これだけは言っておきましょう
キリル様、その力は大変危険なものですので今後使用しない方がよろしいかと』
「え? どういうことだ」
『今回はシュン様だったから無事でしたけど、多分他の人だったら間違いなく死亡したでしょう』
「……シュンのように生き返らないってことですか?」
『いいえ、貴女が死にます』
「!!!」
「おい、≪アラクネ≫どういう意味だ?」
『必ず、とは申し上げませんが、今までの私が変異能力の発現者を見て来たデータによるとそうなります。
よろしいですか? 人のーーーいいえ、生物の命とは科学では説明出来ない部分が多いのです。
そして、命というのは平等とは一番かけ離れた価値を持っています。
更に高等な存在の命であれば、その修復難度は急激に跳ね上がります。
特に肉体まで失ってる状況だと言うまでもありません。
変異の力は万能ではないのです。
それは一度肉体の崩壊を起こしたシュン様は痛いほどお判りでしょう。
限界異常に力を引き出して無理をすればーーーーーー。
でも、わざわざ申し上げる必要もありませんでしたね。
どれほど体に負荷が掛ったかはキリル様も今身をもって体験されていますしね』
キリルはバツの悪そうな表情で黙って≪アラクネ≫の話を聞いていた。
『いいですか、もう一度やったら確実に死にます』
そんなに危険な橋を渡ってまで俺を助けてくれたということか。
彼女に死なれては俺が捨て身の覚悟でやったことが台無しだ。
しかし
俺のためにそこまでやってくれたこと自体
嬉しくて胸が熱くなるのを感じた。
なんだろうこの感情。
「キリル…、俺はーー」




