ドラゴン
軍の作戦本部は大混乱状態だった。
上下関係や所属に関係なくだ。
「一体どうなってやがる? やつらは本物テロリストだったのか?」
「アノルド艦長、本物とは?」
「グリケーラン副局長!、いや、それは……
それよりも【ドラゴン】ですよ。【ドラゴン】!!!!」
「早く我々だけでも退却して航行戦力を投入しないと」
「市民はどうする? ほっておくと被害は計り知れない」
いくら、訓練を受けた軍人とはいえ簡単なテロ組織制圧が
いきなり【ドラゴン】討伐戦になったのだからパニックになるのは無理もなかった。
そして混乱に乗じて忍び寄る女が一人。
特殊装備で透明な状態となった彼女は手にナイフを握り
アノルド艦長の後ろに立った。
(さあ、私に気づきもしないうちに天国へ送ってあげるからね。
これで、第一目標は達成っと。 ちょっとちょろ過ぎるね、ふふ)
ルーソ・ベルシカがナイフを振り下ろそうとした瞬間。
監視モニターを見ていた観測兵が声をあげた。
「まってください!!、戦場に女が一人現れました。
場所は≪オライオン≫本部の最上階の屋根の上!!
え?
なんと、【ドラゴン】は自分が倒すから即刻ここから避難せよとの
通信が来ました」
「遠距離スキャンデータ来ました」
「スキャン結果、あれは【ルーソ・ベルシカ】です」
(はあ??????
わたしはここにいるのに一体どこのどいつがーーー)
モニターにはヘルメットを被った一人の女が映し出されていた。
お城のような形の≪オライオン≫本部
その屋根の上から軍用のライフルで【ドラゴン】を狙撃している。
アノルド艦長を狙う、傭兵ルーソ・ベルシカ
問題児ピエトロス大佐の監視役訳のアノルド艦長
【ドラゴン】に追い詰められたピエトロス大佐
戦場のど真ん中に放置された聖女ミルシア
ただの突っ込み役になってしまったグリケーラン副局長
皆の視線が女に集中した。
◆◆◆
「パーーーシューーン」
≪オライオン≫本部側から飛んできた銃弾が正確に【ドラゴン】の目に命中した。
続けて何発も飛んでくるがあまりダメージにはなってない。
貫通はおろか銃弾が粉粉になってドラゴンに降りかかるだけだった。
目を保護する皮膜にもかすり傷すらない。
しかし【ドラゴン】を刺激するには十分な効果があった。
「だれだ?」
ピエトロスは疑問に思いながらも一旦その場を離れるのを優先する。
あのライフルは軍の正式装備のハズ、無線で呼びかけてもなんの応答無し。
「本部からの話だと【ルーソ・ベルシカ】なる人物で
テロ事件の際に行方不明になっていた物らしいです」
「そんなやつが何故ここで出て来る?
しかもいきなり【ドラゴン】に喧嘩うるとか正気か!?」
「大佐、そんなことはどうでもいいから! 今のうちに退却しましょうよ」
副官に催促されなくても逃げなくてはならないことは明白だ。
しかし、あんな化け物をどうやって相手する気だろう?
はったりか?
犠牲を覚悟したおっとり?
それとも……。
【ドラゴン】に狙撃をしかけた女は長距離ライフルはあまり効き目が無いと
判断したか銃を捨てて近接戦用のナイフを持ち出した。
無謀にも程がある。
相手は【ドラゴン】
あまりにも無茶なその挑戦者の名は
【ルーソ・ベルシカ】
しかし、その正体は
キリル・タシュケントだった。
◆◆◆◆◆◆
30分程前
キリルは運悪くもピエトロス大佐の手下に捕まっていた。
相手側が交渉を持ちかけて来た場合、それをブチ壊すために
わざと教団側から攻撃をしかけて見せる必要がある。
その芝居のために送り込まれた兵だった。
「おお、これは別嬪だな」
「どれどれ、スキャンして見ると、えっとーーー」
警戒が足りなかった自分を責めても、もう遅い。
兵たちにキリルの身元情報がスキャンされようとした途端。
「おっと、そこまでだな」
男の声が聞こえた。
そして、放たれる電撃
「くーーーーーっ」
「ーーーー」
なんの前触れもなく狭い通路の床から形成された電撃は
一瞬にして兵2人の意識を刈り取った。
「その声はシュン?」
「よう、キリル 五日ぶりかな?」
キリルは通路の影から出て来たシュンに抱き着いた。
「よかった。また会えたーー」
「はは、こんなに歓迎されるとはね。 タイミングがよかったのかな?」
「また、助けてもらちゃった。ありがとう、シュン」
嬉しそうに笑うキリル。
しかし、その顔は何かを思い出したらしく、すぐ不安の色で曇った。
「そうだ、どうして私の居場所がわかったの?」
「それは≪アナンシ≫のおかげさ」
シュンのうしろから猫が一匹ひょいっと現れた。
『やっぱり渋川シュン様の能力はすごいですな。
先ほどの電撃もそうだし、いやーーまあ本当すごい。
それに、わたしでは正確な位置までは探せませんでしたよ』
キリルはまさかこの猫が≪アナンシ≫って表情で聞いてくる。
答えの代わりにシュンは行動を促した。
「まあ、とにかく逃げよう。 道は私が知ってるし、乗り物も用意しておいた」
「……。
ごめんなさい。
せっかく助けて貰ったのに…。
でも私このまま逃げることは出来ない」
「それはなんで?」
キリルはシュンの顔を見る。
シュンの表情はとてもかたく、目の奥底には冷たい色が浮かんでいた。
「ここに逃げて来てミルシア・エリアドネさんに匿ってもらったわ。
短い間だったけど、世話になった。そして彼女らは今すごく危険な目にあっているの」
「知ってる」
「私はミルシアさんを助けたい」
「……」
「思い上がりもいいとこなのは知っている。
わたしもただ捕まって殺されるだけかも知れないし、
どうしたら助けられるかも知らない」
シュンは静かにキリルを見つめている。
キリルはこころの奥で思った。
(私はなんでこんなバカなんだろう。
前回もシュンと≪アラクネ≫におんぶにだっこで助けてもらっといてよくいってるわ。
特別な力があるわけでもーーあるのはあるらしいけど、使えないし。
祖父のせいでみんなの嫌われ者。
なのにそれに加えて自ら厄介ごとに突っ込んでいくなんて……
はあ、だめだ)
「シュン、いままで助けてくれてありがとう。
しかし、私はミルシアさんを置いてはいけない。
シュンは今のうちに逃げて」
(一人じゃこわいけど…
人が死ぬかも知れない所に付いて来て、また助けてくれだなんて
私、とても言えない。
それがシュンなら絶対にダメ)
「せっかく来てくれたのにごめん。
私は大丈夫だから早く逃げて」
涙が出ないようにぐっと我慢しながら最後まで言い切ったキリル
そしてちょっと無理してもシュンに微笑みを見せた。
これがキリル・タシュケントに出来る最善の交渉だった。




