賢者の贈り物
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頭が痛い。
一体今回の事件はなんだったんだろ。
公式の発表では謎のシステム不全で大規模の爆発事件発生。
情報ネットワーク上では数多くの証拠写真と共に宇宙海賊集団が生体兵器で仕掛けて来たと
いう説が一番の指示を受けている。
しかし、5万人の殆どの市民が軽い記憶障害を起こしているのは看過出来ない深刻な問題だ。
原因究明のために≪アラクネ≫の調査も徹底的に行われる予定だ。
保安維持局の幹部である私、レスカ・グリケーランとしては定年間近の年でこんな厄介ごとに
関わりたくなかった。
何せ、事件当日の私の記憶さえも曖昧なのだ。
宇宙蜘蛛同士のネットワークで確認した結果、≪アラクネ≫に異常が見られた時間は
僅かコンマ1秒くらいしかなかった。
市民全員が個人差はあるが1~2時間くらい意識を失っていたため
目撃者も無し。≪アラクネ≫のカメラ監視記録ローグにも記録無し。
しかし、記録が無いのにも関わらず被害はかなり酷かった。
コルードスリップ施設と第十搬入倉庫の方は徹底的に破壊され、生存者はなかったと聞く。
私の目のまえのモニターには一人の男が映っている。
名前は渋川シュン、職業は電子整備士。
ただ一人第十搬入倉庫に繋がる通路に倒れていた。
もしやと思い徹底的に取り調べをしているが
「いや、何も覚えていませんな。俺以外に他の人は周りにいなかったですか?」
何にも覚えてないと一点ばりだ。
念のため、心拍や脳波などスキャンし、裏も調査してみたが何も成果無し。
どこにでもいる、普通の宇宙移民家系で家族無し、犯罪歴もなし。
これ以上続けても無駄だな。何故か上からも釈放しろと圧力がかかっている。
こいつコネでのあるのか?
私にはわかる。この事件はこのまま真相など明かされない。
宇宙世紀でこんなことは珍しくないのだ。
宇宙移民都市開発の途中、市民全員が死亡というのも歴史上、何回もあった。
だったの一回の些細なミスが起こした事故で何千、何万と死者が出る。
そんな宇宙開発の厳しい現実の前に私のような宇宙移民者だちは
いつのまにか諦めぐせがついてしまった。
ただ、宇宙の理不尽さを自分の身をもって体験しないことを祈るばかりだ
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保安維持局を背にしながら歩く。
取り調べもこれで終わりだろう。
目が覚めて今日で五日目だ。
俺とキリルが体験した激戦の数々は誰も覚えていなかった。
ダグラス議長とリチャード管理局長は行方不明と発表されたし、
水晶もあの悪趣味なガラス瓶も無くなっていた。
ただ、破壊された搬入倉庫の光景は決して夢ではないことを語っている。
保安維持局の監視の追手を撒いた後、俺は人気のない路地裏に入った。
ここが約束の場所だ。
「夕べお前から連絡をもらった時は驚いたよ
生きていたんだな」
現れたのは小さな猫だった。厳密には猫に似せて作ったペットロボットだった。
いくら宇宙世紀で技術が発達してもペットまで面倒見るのは厳しく
個人のペットは物凄い金持ちじゃない限りとても飼えない存在になっていた。
その代わり普及してるのがロボットペットだ。
しかし、こいつはただのペットではない。
『賢者≪アナンシ≫復活!!!
それはもう大変でしたよ。
ゴーレムが撃たれて、身動き取れなくなって。
コアに当たってたら死んでましたね。うん、うん』
AIの≪アナンシ≫は生きていた。
賢者は自称、いや商品名らしい。
「…………」
≪アナンシ≫の回収、新しく与えられた体、保安維持局への圧力
疑いようがない。
黒幕はあいつだ。
「彼女は? 無事か」
『あ、そうそう。 これお届け物でーーーす!』
渡されたのは簡易のメモリーデバイスだ。
メモリーデバイスの差出人は彼女
キリル・タシュケントだった。
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五日前
私はシュンと共に廊下に倒れていた。
「シュン 起きて」
揺さぶって見るが返事がない。
完全に気を失っていた。
あら、寝顔はけっこう可愛い。
パワードスーツでもあれば担いで移動出来るが
今の非力なわたしにはだめだった。
ライフルとかの装備品までも無くなってるし、
あるのは
気持ち悪いガラス瓶と水晶だけ。
時計を確認する。
ちゃんと記憶している事件前の時間に戻っていた。
あれだけ色んなことがあったのに全然時間が流れてなかった。
急に向こうでの出来事の記憶が薄れ始めた。
代わりにこっち側の、時空間拡張領域に引き込まれる前の記憶が鮮明に蘇る。
昼ごはんを何食べようとしたとか、今朝のニュースの内容とかが一気に頭の中を駆け巡る。
こっちに戻って来たから?
そうだ。
シュンと一緒に生き残れたんだ。
遠くから人の気配がする。
本当に生きて帰って来たんだ。
嬉しさで胸が一杯になる。
そして、それを邪魔するかのように壁柄立体映像が出現した。
『申し訳ございませんが、今すぐ移動してください』
「≪アラクネ≫? あなた、今までどこに?」
『キリル様、説明は後でございます。今すぐ渋川シュン様は置いて逃げてください』
「は? シュンを置いてなんて絶対行かないよ 」
シュンを抱き寄せる。
『保安維持局と軍も同時に動き出しています。 とても私の力で全部は防げないでしょう。
お忘れでしょうか? 世間で貴方がどのように呼ばれていて、こんな事件の後にあなたがシュン様と一緒に捕まればどうなるでしょう?』
とても今回の事件、説明して信じて貰えるとは思えない。
しかしだ。
「この水晶と瓶の証拠があればーーーー」
『より確実に貴女がテロリストにされるだけだと思われますが』
反論出来ない。詳しい説明が出来ないし、シュンまで巻き込んでテロリスト一味にされる
未来しか見えない。
「わたしが逃げるとしてシュンは? 大丈夫なの?」
『申し上げ難いのですが、彼は貴女と違ってただの一般人でございます。
貴方が今すぐ、ガラス瓶と水晶を持って逃げ切れば彼はあくまでも単なる被害者に映るでしょう』
「………わかった」
ちょっと何かが引っかかるのを感じなたが、今はシュンのためにも私が逃げた方がいい。
私はシュンを壁側に移動させた。廊下の真ん中だと掃除用のドローンとかに踏まれる恐れがある。
死者こそ出ないがドローンのセンサー故障とかで接触事件は毎年起こっている。
怪我とかされたら大変だ。
本当は起こして一緒に逃げたいけど
≪アラクネ≫のいう通り、捕まった場合のことを考えれば今は仕方がない。
最後に彼の頬を手で触って見る。
「必ず、会いに行くからね」
水晶とガラス瓶を抱え、≪アラクネ≫の指示通りの経路に逃走を始めた。




