やっぱりコイツは僕の親友だ
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あの事件からもう一ヶ月半以上が経った。結局父と母は離婚をして、父親は家を出て行った。最近では兄貴も家には寄りつかず、そして僕は日常に戻って学校に行っている。
離婚の財産分与とか何とかで一応僕の進学はなんとかなりそうだけれど、実際には父親からの収入は無くなった訳で、やっぱり僕は学費のことで最後まで受験に手を抜くとこは許されなかった。
僕が父親の本当の子どもかどうかは、結局有耶無耶のままで離婚になった。理由は二つあって、一つ目の理由は離婚の話になったときに僕がもう血縁の確認はどうでもいいと言い出したこと。そしてもう一つは、間に入った弁護士先生の調停での説得だった。
『いわゆる嫡出否認は、子の出生を知った時から一年以内に提起しなければならないと民法にあります。そして過去の最高裁の判例ではDNA鑑定上で父子と認められなくても、法律上の親子関係の不存在は認められないというものがあります。つまり端的にいえば十八年も経って裁判をやっても、淫行で逮捕された側のお父さんの主張で離婚が有利になるとは思えませんよ』
と、そんなことをあのヒゲの弁護士先生にも、それから自分が雇った違う弁護士にも言われたようで、離婚調停の結果は、僕の養育費は今後一銭も父親が払わない代わりに家を明け渡す、そして夫婦で貯めた預金は半々に折半をするというものだった。
あの日の翌日、つまり僕と長谷川が一夜をともにした次の朝、僕は自分の思った通りのことを母親に告げた。「僕の出生がどうあれ母さんのことは恨めないし、いまさら確かめたくもない。父さんと母さんの間がもう修復できないのなら、僕は母さんについていく」と。僕の言葉を聞いた時の母親の表情で大体のことは悟ったけれど、僕はもうそれにショックを受けることもなかった。前夜、長谷川に言われたように、もしも高橋春哉という『父親』の血をひいていなくても、そのことを前向きに考えるようになっていた。
――そして、その長谷川のこと。
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なんだかんだで長谷川と恋人になったことを、僕はこの年末まで粕谷に話せずに、結局隠しているような状態になっていた。理由は色々あったけれど、僕が優花に振られたことを知った粕谷が何度も慰めてくれて、言い出しにくかったのも事実だ。さらには優花に振られた数時間後には長谷川と一緒になったわけで、節操がないヤツだと思われるのも嫌だった。しかも長谷川に対する粕谷のほのかな気持ちも知っている僕としては、今日までずっと心の中で粕谷に謝り続けていた。
そして、二学期の終業式が終わった今日この日、僕は初めて粕谷に新しい彼女だといって長谷川を紹介することに決めた。三学期に入ればすぐに自主登校で受験本番。もう僕と長谷川の関係をオープンにしても、誰もそんなことに興味を持つことは無いだろうという理由もあった。
場所はいつも行くラーメン屋。僕の目の前にいる粕谷は何も知らずに座っている。
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「俊は今日は何にするのさ、最近激辛食べてないんじゃない?」
ニコニコと笑いながらラーメンを決める粕谷に、僕は意を決して言った。
「あの粕谷。ごめん、今日は粕谷に紹介しないといけないヤツがいてさ、もうすぐここに来るからラーメンはその後で」
「紹介? だれ?」
「うん、いやまあ、その……、えっと、新しい彼女」
「はあ!? 俊、お前この時期に作ったのか、センター試験まであと一月もないのに?」
「そう。ずっと粕谷には言おう言おうと思っててさ、でもちょっとタイミングが見つからずに遅れちゃって……」
僕がしどろもどろになりながら粕谷にそう告げた時、ラーメン屋の引き戸がガラガラと開いた。少し顔を紅潮させながら入って来たのは長谷川綾、僕の大切な彼女。ブレザーの上からコートを羽織っていて、緊張した表情でこちらをチラ見している。夏にバッサリと切った髪は程よく伸びて肩にかかり、それはそれで長谷川によく似合っている。
僕の視線が入り口に固定されたのを見て、粕谷も入り口の方を振り返った。僕からは粕谷の表情は見えなかったけれど、「えっ……」という粕谷の絶句が聞こえてくる。
「えっと、こんにちは、粕谷君……。隠そうと思ってた訳じゃないんだけどね」
とてもとても半年前には氷姫と呼ばれていた女の子とは思えないような表情で、ペコリと頭を下げる長谷川。
「……長谷川さん、えっ、えっ、ホントに? マジで? なんだよ俊! お前なあ」
「ごめん、粕谷」
僕は、本当に心から申し訳ないと思いながら、深々と頭を下げて粕谷に謝ったのだった。
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「なんだよ俊! お前なあ」と粕谷に責められた僕は、半分怒って、半分笑ったような粕谷にボディブローを何度も何度も喰らわされた。
当然その後は、最高の五辛以上の激辛ラーメンを罰ゲームとして無理矢理食べさせられた訳だけれど、粕谷は僕と長谷川が恋人になったことを自分のことのように祝ってくれた。なんというか、やっぱりコイツは僕の親友だ。
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「な、俊。僕が半年前に言ったように俊と長谷川さんはお似合いだって、正解だっただろ!」
激辛ラーメンで僕が唇を腫らし、そして二人で長谷川を見送ったあと、粕谷は僕の腹にまたボディーブローを何発か入れる。
「まあ、こう言っちゃ何だけど、俊が元気になってよかったよ、ホントに」
「ごめんな粕谷、なんだか言えなくてさ」
「いや別にいいさ。でもそういえばここ一ヶ月くらいお前と長谷川さん、目も合わせなくなったなと思ってはいたんだ。まさか付き合ってたとはなあ……」
そう言って粕谷はおかしそうにクスクスと笑い出す。それに対してなんと答えたらいいのか分からずに僕が黙っていると、粕谷は振り返ってニヤリと表情を変え、こう言った。
「で、俊。長谷川さんとはどこまで進んだの?」
「えっ……、いや、まあ……」
今度は完全に言葉に詰まった僕を、粕谷はヘッドロックで締めにかかったのだった。




