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パンドラの恋人  作者: 櫛名田慎吾
第六章
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示談金


「お父さんの事件、いろいろと状況が見えてきました」


 リビングに上がった弁護士の先生は、今日一日で収集した情報を僕たちに話し出した。初対面となる兄貴は弁護士相手になると途端に態度を変え、どうにか父をお願いしますと床に頭をこすりつけんばかりの行動をとる。


「まあまあお兄さん、とにかく情報を整理して、お父さんからも聞き取った話をお聞かせしますから」


 弁護士の先生はやっぱりそれが癖なのか、白髪交じりの顎ひげをさすりながら僕たちに話を始めた。


 父が援交をしたのは今年の七月、相手は十七歳の高校生だったという。最初にその事実を弁護士先生から告げられたとき、母親は深いため息とともに首を横に振った。母がそんな態度を取る気持ちも分かる。自分の娘ほどの少女に手を出したのだ、正直気持ち悪いと僕でさえ思う。父本人はその容疑自体は認めていて、接見をしたときには深く反省して悔いていたと先生は語った。いまさら悔いても遅いのだけれど、我が家の被害が一番小さくなるように食い止めなければならない。


「お父さんが捕まった発端は、どうやら援交をした少女が別の事件で補導されたことのようでしてねえ。そこから芋ずる式に数人が上げられたようです」


「ということは、父の他にも被害者が?」


「お兄さん、被害者は女の子で、お父さんは加害者ですよ。その辺はご家族でもキチッと認識していただかないと」


 先生が兄の質問を訂正し、僕たちは加害者の身内であることを認識させられる。


「とにかくその少女の家庭に連絡をとりました。まあこう言ってはなんですが、先方の家庭の方にもいろいろと問題があるようでして、母親はほとんど娘さんの将来には無関心でしたねえ」


 弁護士の先生が向こうの家庭を訪れたとき、この事件で示談を申し込んだのはウチで二件目だったという。先方は呆気なく示談を了承するのと代わりに、通常の示談金以上の法外な金額を提示してきたらしい。その額およそ三百万円。


「三百万……」


 母親が絶句する横で、兄貴は舌打ちを繰り返す。


「先生、そんなの美人局と変わらないじゃないですか!?」


「お兄さん、言いたいことはわかりますが、先方は被害者ですから」


 先生が再び兄をなだめ、話を進める。とにかく金額を積めば示談は可能、そして相手の少女の方にも多少の問題はあること、さらには父は罪を認め深く反省している点を考えて、もしかしたらすべての条件が揃ったら、この件に関しては不起訴になるかもしれないということだった。


「母さん、三百万は痛いけど払おうよ。俺の仕事の立場もあるしさあ、それで済むなら安いと思わないと」


「そうねえ、それで済むなら」


 そんな会話をする母と兄に向かって、弁護士の先生が待ったをかける。


「いやいやお二人とも。この件に関してはそうなのですが、もう一つ問題がありまして。実は逮捕前に捜査されたお父さんの通信記録から分かったのですが、もう一人被害者がいるようなのです」


 父の犯罪が一回だけでは無いと知って、僕たち三人はあんぐりと口を開けた。これでは常習犯ではないかと思ってしまう。


「私はいま被害者と言いましたが、これが少しややこしい話でしてねえ」


 そう言った弁護士の先生は、なぜか僕の方をチラリと見てからその不可思議な話を始めたのだった。


 それは通信記録から七月下旬と断定されたそうだ。相手はやはり十七歳の高校生、父の通信の内容から援交であることが推測された。時間は夜の八時から九時、場所はここからそれほど遠くないターミナルに隣接した、僕も知っているような有名なシティホテルだった。


「実は相手側の女の子はお父さんに会ったことは警察に認めているのですが、絶対に援交はしていないと言うんですねえ。それからお父さんの方も、同じように会ったことは認めたのですが……」


 そこまで説明して「はぁ」と深く息を吐き出し、先生が話を続ける。


「まあ、端的に言うと援交をする前に女の子に逃げられたって言うんですよ、ホテルの部屋からね」


 僕たちはそれを聞いて情けないやら恥ずかしいやらで、開いた口がふさがらない。事件にはなっていないとはいえ、父の性根が腐っているようにさえ思える。


「警察がホテルの防犯カメラを調べましたら、奇跡的に三ヶ月前の映像のハードディスクが上書きされる直前でしてねえ。確かに言う通りに二人と思われる人物が部屋に入って、女性が走り出てくるまでがたったの九分だったようです。まあ恐らく二人の供述は正しいのでしょうが、お父さんが猥褻な行為をしなかったという証明にはなりませんし、こちらの方も自主的に示談をした方がいいと思うのですが」


「それも三百万円掛かるのですか?」


 母が心配そうに口を挟む。


「いやいやまさか。なにしろ相手は絶対に援交はしていないと言っているので、多額の慰謝料を受け取ると援交を認めたように思えて逆に拒否するでしょう。それに被害者の証言も無く、証拠も無いので事件としては立件しようがないですから、こちらの件で咎められることはないのですが、本人の反省の印として迷惑をかけたお詫びをするということで、示談をした方が検察の心証も良くなると思うのです」


 そこまで言って、また弁護士の先生は僕の方をチラリと見る。なぜだろう、さっきから母親や兄貴ではなく、僕の方を気にしている様子がうかがえる。


「じゃあ先生にそちらもお願いしてよろしいですか? 父をよろしくお願いします」


 兄貴はもう何がなんでも不起訴にしてもらえるように、謝礼なら十分に尽くすと頭を下げた。僕も母も、恥ずかしい父親ながら十日も勾留されないようにお願いします、と先生にお願いをした。

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