粕谷は親友だから
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「なんだ俊、風邪はもういいのか? それともずる休み?」
近くの公園で出会った粕谷は、ニヤニヤと笑いながら僕に声をかけてきたけれど、あまりにも僕の態度が硬かったからだろう。「どうした、俊?」、と急に真面目な顔に戻る。僕は身内の恥を晒していいかものかをずっと迷っていた。けれど粕谷にだけは僕の味方になってほしくて、結局事件のことを話すことにした。
「あの、粕谷……。実は俺の父親が今朝警察に逮捕されてさあ……」
「……はあ?」
粕谷は、何を言っているんだという顔で僕の方を覗き込む。
「いや、だから、俺の父親が警察に逮捕されたんだ。今日の朝に」
「えっ……、ええっ!!」
コイツがこんなに口を大きく開けて、驚きのあまり固まったような表情をするのは珍しい。でも、よく考えてみれば友人の父親が逮捕されたというのだ、驚かないはずはない。
「俊、な、な、なんで?」
「うん、容疑は援交だってさ」
「なっ!」
完全に粕谷の顔色が変わる。それは白い街灯の下でもわかるほど、青ざめた顔色になっていた。その後、しばらく僕たちは無言になる。公園の前を行く人の話し声だけが小さく響いている。
「それで、どうなるの?」
ようやく粕谷がそれだけを絞り出すように声にした。
「わからない。弁護士の先生の話だったら、一番うまくいった時で、七十二時間で釈放だって。でも、勾留とかされたら十日以上出てこられないってさ」
僕は弁護士の先生から聞いた話や、これから家で家族会議をする予定であることなどを含めて、今日一日にあったことを全部粕谷に話した。
「そっか」
僕の話を聞き終わり、それだけ言うとまた粕谷は沈黙する。僕は僕で、自分が少しでも楽になりたいがために粕谷を利用したような気がしてきて、なんとも言えない罪悪感が胸に広がる。
「ごめんな粕谷。お前にだけは隠したくなかったんだけど、でもなんだかこれじゃあ粕谷に甘えてるみたいでさあ。ごめんな」
「いいよ俊、気にしなくても。それより今から困ったことがあったら僕に言えよ、といっても何が出来るとも言えないけどな」
粕谷は少しぎこちないけれど、笑いながら僕の肩を叩く。僕はなぜか泣きそうになって、上着の袖で顔を拭う。
「なあ俊、月曜日からもお前が休んだらさあ、先生には凄い高熱でうなされてたって僕が言ってやるよ」
「うん、まあどっちにしても、学校に行けるようになったら行く。でもどうなんだろう、こういうのってどこからかバレるのかなあ」
「バレたって、僕は俊の親友だからさ、親友!」
わざとらしく親友と二度繰り返して粕谷は笑った。僕もそれに励まされるようにベンチから立ち上がり、公園の出口へと向かう。
「あ、それから俊。全然違う話なんだけど、実は今日も長谷川さん学校休んだんだ」
「そうなのか? これでもう四日だっけ?」
確か火曜日くらいから休んでいたはずだから、金曜日の今日で学校を休んだのは四日目。ただの風邪というよりもインフルエンザなのだろうか。
「うん、それでさあ、提出物が溜まってて先生に持って行ってくれって言われたんだけど……。俊も今から来る? 届けるのに僕ひとりじゃ、ちょっとね」
粕谷が教えてもらった話によると、長谷川のアパートはここから十五分ほど歩いた場所らしい。一人で行ってもいいけれど、女の子の、それも長谷川の家を一人で訪問するのはちょっと気まずいという。僕はスマホで時間を確認して、まだ大丈夫だと思い粕谷についていくことにした。
長谷川の住んでいるアパートは線路の踏切を越えた向こう側の、ちょっとゴチャゴチャした住宅街の中にあった。細く入り組んだ生活道路で多少迷いながらも、ようやく目指す場所を見つける。それは築三十年くらいの二階建てアパートで、外の階段から上がった二階の真ん中辺りが長谷川の部屋だった。
部屋の前についた僕たちはお互いの目を見合う。なぜなら長谷川の住んでいると思われる部屋の電気は真っ暗だったのだ。物音もしないし、人がいる気配がまったくない。思い切って粕谷が二度ほどチャイムを鳴らしたけれど、案の定誰も出てくることはなかった。
「いないな」
粕谷が複雑な表情でポツリと言う。
「風邪ひいてるんだろ? でも、どこ行ったんだろう」
「病院かもしれない」
「まあ、確かに」
試しに僕はポストを開けてみた。中には新聞も何も入っておらず、綺麗に空だ。つまり数日間家を空けている訳ではなさそうで、毎日誰かが郵便物なりを取っているということだった。
「じゃあこれ、ポストに入れておくよ」
僕があけたポストの中に粕谷が学校の資料を入れる。そうして僕はなぜか後ろ髪を引かれる思いをしながら、粕谷の後ろをついてアパートの階段を降りたのだった。
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帰り道に粕谷と話し込んで家に帰ると、時間は七時近くになっていた。既にカーテンは閉じられていて、中から灯りが少しだけ漏れている。特に誰が集まっているとか野次馬などの気配はなかったけれど、僕は念のため物静かに目立たないように家の玄関をあけた。
ドアを開けると、玄関には兄貴の靴がある。よほど慌てたのだろうか、その靴の置き方は少々乱れていた。僕は自分の靴と兄貴の革靴を整頓してから廊下に上がる。家の中は本当に母親と兄貴がいるのかと思うほど静まりかえっていた。
「俊、遅かったな」
「うん、粕谷と話してたから」
「まさか俊? 言ったのか、おまえ!」
兄貴の目が血走る。けれど、言っていないとウソをつくのは兄貴に負けた気がして本当のことを話すことにする。
「粕谷には言ったよ、アイツは親友……」、――アイツは親友だから秘密は守る、と僕が続けようとした瞬間、兄貴が大声を出した。
「馬鹿野郎! なんで身内の恥をさらすんだよお前は、そんなこともわからないのか、俊!」
いきなり立ち上がった兄貴が、近づいてきて左手で僕の胸ぐらをつかむ。握りしめた右手の拳がプルプルと震えているところを見て、殴られるかなと思った。もういいや、殴られたら殴られたで構わない、こうなったら殴り返して大げんかでもしてやろう。そんなことを考えて僕より身長の低い兄貴を睨んでいると、さすがに母親が止めにはいる。
「陽も俊もやめなさい、もうすぐ弁護士の先生が来るから」
「だって母さんコイツが!」
「粕谷は秘密をバラすようなヤツじゃない」
「なんでお前にわかるんだよ、ええ!?」
再び僕と兄貴が一触即発になったとき、玄関のチャイムが家に響いた。兄貴はようやく僕の服から手を離し、フンッと鼻を鳴らして玄関の方へと向かったのだった。




