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パンドラの恋人  作者: 櫛名田慎吾
第五章
30/46

ラブホテル

 △


 上りの最終電車が無くなったホームをあとにして、とにかく私たちは田舎駅の改札から外に出てみることにした。


 後から考えると、いっそのこと一つ先の終着駅まで行っていた方がまだここより市街地だったのかもしれないけれど、そのときの私たちの頭ではそれは思いつかなかった。


 乗り越し料金を払って改札機を出ると、駅前には静まりかえった街があるだけで、コンビニひとつすら開いていなかった。一応バスのロータリーはあるようだけど当然バスなど待っている気配もなく、タクシーすら待ってもいない。ただ本当に静かな夜の街が広がっているだけだった。


「これ、どうしよう……」


 なにもない周囲を見回した高橋くんが、肩を落として呟く。


「始発まで待つ?」


 私は自分で言いながらも、この何もない駅のどこで朝まで待てるのかとため息が出てしまう。


「俺、ちょっと家に電話する」


 そう言って高橋くんがスマホを取り出した。画面をタップしながら、「こうなったら車で迎えに来てもらうよ」と私に告げる。やがて電話が繋がったのか、申し訳なさそうに高橋くんが話を始めた。


「ごめん、母さん。実は……」


 電車で寝過ごしてとんでもないところまで来てしまったと謝る高橋くん。自動車で迎えに来てもらえないだろうか、と家族の人に言っているようだけれど……。


「えっ、父さんいないの!? 日曜なのに、出張の前乗り? なにそれ?」


 どうやら迎えに来てもらうつもりだったお父さんがいないらしい。そのあと五分ほど親子で話し合っていたけれど、タクシーが捕まればタクシーで帰ってこい、どこか泊まれそうなところがあれば泊まって朝に帰って来いというような話の様子だった。


 もしもタクシーも泊まるところも無ければもう一度電話をかけるといって、高橋くんは電話を切る。私が想像するに、私という女の子と一緒だと電話で言えば、絶対に帰って来いと高橋くんのお母さんは言っていたと思う。


「父さん家にいないみたいでさあ。母さんはペーパードライバーに毛が生えたようなもんだから、全然知らない道を夜中に運転出来ないっていうし、結局タクシー捕まえるしかないんだけど……」


「しょうがないよね。高橋くん、タクシー代持ってる?」


「ウチまでいくらだろう。手持ちじゃ絶対に足りないと思うんだよな」


 高橋くんは財布を開けて、五千円札一枚と千円札二枚を確認する。そして首を傾げながら、タクシー乗り場に貼ってある電話番号を指でなぞる。


「私も六千円しか持ってない」


「まあ、家に着いたら母さんに足らずを払ってもらったらいいとは思うんだけど」


「ああ、そっか」


 とっさにそういう発想をする高橋くんがちょっと大人に見えて、少し私は悔しい。そんな下らないことを考える私の隣で、高橋くんはタクシー会社に電話をしていた。どうやら家までのタクシー料金を聞いている様子。


「――えっ、三万円くらいかかるんですか? はあ……、えっと、じゃあいいです」


 電話を切った彼は肩を落とした。三万円とはびっくりだ、電車なら千円程度の話なのに。


「深夜割り増しとか掛かって、高いんだってさ。マンガ喫茶とか、二十四時間営業のファミレスとか、探しても無さそうだよなあこの駅前」


 高橋くんと一緒になって周囲を見回しても街灯がポツポツとあるだけで、営業している店舗のようなものは近くに全くない。


 とりあえず駅のベンチで夜を明かすことも考えたけれど、都会ならいざしらずこの田舎の駅で夏休みの深夜に高校生が二人。警察に補導されるか、悪くすればいわゆる不良の集団に出会いかねない。結局私たちは三万円払って家にタクシーで帰るのと、駅の周辺で安全に夜を明かせるところを探すかの二者択一を迫られた。


「ねえ高橋くん。あっちが国道って書いてるから、探してみる?」


 私は道路標示を指さして高橋くんの方を見る。彼は「そうだな、ここにいたってしょうがないし」、と言って私の前を歩き出したのだった。


 △


 深夜とはいえ季節は真夏、そして今夜は完全な熱帯夜のようだ。国道の温度表示を見ても二十七度までしか下がっていないし、湿度もかなり高い気がする。十分ほど歩いただけで、また汗がでてきた。


 二人で夜の国道まで歩いて来たものの、軽い峠道のようになっている道沿いには何もない。本当に牛丼屋さんひとつもなく、明るいものといえばジュースの自動販売機しか見つからなかった。


 高橋くんも私も無言で歩くことさらに数分、私は道路の向こう側にある建物を発見した。思わず高橋くんをチラッと見ると、ほとんど同時に高橋くんもそれに気づいたようで、私の方をチラ見する。


「高橋くん、あれ、泊まれるとこだけど」


 私がボソリと言うと、高橋くんはため息をついてうなだれる。


「なあ長谷川、あれはダメだろ、いくらなんでもさすがにあれは……」


「でも開いてるみたいだけど」


「開いてても、あれはさあ」


 それは、車で入れるようになっているラブホテルだった。薄暗い照明がついていて、下がガレージみたいになっている構造とともに、『空室』の青い文字の看板が浮き出ている。決して綺麗には見えないけれど、潰れて営業を止めている様子でもなかった。


「でも、他にまったく無いよ。夜を明かせるようなところって」


「いやそれだったらタクシーで帰るし」


「べつに一緒の部屋じゃなくて、二部屋に分かれて泊まればいいでしょ」


「あっ、そうか。でもそんなのできるの?」


 そんな話をラブホテル近くの国道沿いでしていた時だ。一台のパトカーが赤色灯を回して近づいて来るのが見えた。私も高橋くんもさりげなくを装って、パトカーに背を向けて車が通り過ぎるのを待つ。こんなところで警察に補導されては、たまったものではない。


「ねえ、通り過ぎた?」


「うん、たぶん」


 二人で同じようにパトカーが通り過ぎた先を確認すると、百メートルほど向こうでパトカーが止まるのが目に入る。


「やばっ」


「あっ」


 深夜の国道には通行車両はない。見えるのは赤色灯を回して止まっているパトカーだけで、違反車両を止めたわけでは無さそう。つまり警官がパトカーを止めた要因は私たち以外にはありえない。


 そう直感した私と高橋くんは二人で国道を渡り、そのままラブホテルの敷地へと飛び込んだのだった。


 薄明かりのついたラブホテルの敷地の中には、ガレージ付きの部屋が並んで六棟。その中でガレージのシャッターが開け放たれたままの部屋は一つしかなかった。高橋くんと私は急いでそのガレージに入り込む。


「高橋くん、シャッターシャッター!」


「ちょっと、どうやって閉めるの、これ? あ、これか」


 高橋くんがボタンを押すと同時にシャッターが降り始める。その隙間から外の雰囲気を窺う高橋くん。今のところ警察が追ってきている様子はないけれど、私たちは声を潜めた。


 やがてシャッターが地面から二十センチくらいのところで止まり、モーター音が消える。待つこと十数秒、シャッターの隙間から赤色灯の光が見え始めた。


「これって、マジでヤバいな……」


 高橋くんは青白い顔でそう言ったのだった。

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