格好の獲物
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時間は夜の八時半になった。獲物との待ち合わせの時間。私は物陰に隠れて今日の相手を確認する。
場所はいつも乗り降りしているところから三つ向こうの駅で、このあたりでは大き目のターミナル駅。通行人も多いし待ち合わせの場所にもなっている。駅前のロータリーの中央には噴水。そしてタクシーやバスが専用レーンで何台も乗客待ちをしていた。
今日引っかかった相手はやっぱり中年の男。職業は明かさなかったけれど、佐藤と名乗りお金はあるという。こういうのは初めてだとかなんとか書いていたけれど、そんなことを信用するほど私もバカじゃない。まず身なりをチェックして明らかにヤバそうな相手だとドタキャンした方がいい。そのために少し離れた場所で私は十分前から様子を窺っていた。
タクシー乗り場の近くにある郵便ポスト。そこに黒い鞄を持って待つといっていた中年の男。送ってきたプロフィールでは背はそれほど高くなくて、その割には肩幅があってスポーツ選手のようだという。それでいて紺のスーツを着ているというから、いったいどんな男か想像がつかなかった。
私はといえば、今夜は普通の私服を着ている。スカートではない、七分丈のクリーム色のパンツと、この季節にしては厚手のチェックのシャツ。夏休みに入ると補導の危険が増えると思い、学校の制服はやめた。復讐が終わるまでに補導されたのではバカバカしい。とはいえ、私は自分がいまの地味な服を選んだ本心を知っていた。派手な服でもなく、女子高生らしい服装でもないデザインを選んだ私は、本当は怖かったのだ。二ヶ月という何もしなかった期間が私を少し変えていた。今からオトコの性欲の対象になるのだと思うと少し吐き気がしてくる。
一番最初に援交をしたときでもこんなことは無かった。あのとき復讐心に狩られていた私は、相手が普通の独身男だとわかった瞬間、心底気落ちしたものだった。でも今は――。
そんなことを考えていると、一人の男が郵便ポストに近づいてきた。こちらからは少し街灯が逆光になっているけれど背は高そうでもなく、中年の男性で鞄を持っている様子だ。きちっとしたスーツを着崩さずに着ているし、髪もボサボサではない。見た目からするとそれほど危険な感じではなかった。
スマホを見ると、『いま着いた』との書き込みが入る。間違いない、今日の獲物はあの男。私は周囲を確認したうえでスマホを手に取って、いかにも「ながらスマホ」をする女の子のように近寄っていく。一度反対の方に回って、逆光が順光になるようにしながら男の姿を確認した。そして、二メートルほどに近寄った時に「佐藤さん?」と小さく声をかけた。
その佐藤がこちらを振り向く。年の頃は四十代中盤だろうか、見た目に反して思ったよりも高い声で「えっと、アヤミちゃんかな?」と声を出した。
「うん、そう」
「へえ、本当に可愛いんだ」
佐藤は私の顔と姿を上から下までチェックしながらそう言う。私ももう一歩近づいて、その佐藤の身なりを確かめた時だった。
思わず『あっ』と声を上げそうになった私は、必死でその声をこらえた。
パッと見ただけでスーツはいい物だとわかったし、靴も鞄も綺麗な品だった。でも私が驚いたのはそんなものではなく、佐藤がスーツにつけていた社章だったのだ。普通の女子高生ならそんなものには興味も無いし、見たってわからないかもしれない。けれど私にはそれが一目で判別がついた。
――その佐藤のスーツの襟についている社章は、私の一家を破壊した都市銀行の支店長がつけていたものと同じだった。
私の心臓は鼓動を速める。あの憎い銀行に勤める格好の獲物が目の前にいる。もうそれだけで十分だった。できるならば家庭持ちであってほしい、でも独身でもかまわない。とにかく目の前の男の人生をメチャクチャにしてやる。そう決意した私は、男の顔を見て少し微笑んでやった。
「アヤミちゃん、普段はどういったところでするの?」
私の微笑みの意味など知らず、佐藤が聞いてくる。
「カラオケボックスとか、マンガ喫茶の個室とか」
「ええ……なんだか貧乏くさいなあ。ラブホテルはダメ?」
「ラブホテルは……」
私は言い淀んだ。ラブホテルでは本当にレイプされそうになったら逃げられない、だから普通の相手なら確実に断るところだ。でも今回の男は違う、私が待ち望んだ復讐の相手だった。
「ラブホテルは嫌? じゃあ普通のシティホテルでもいいけど」
ラブホテルについて言い淀んだ私を見て、佐藤は笑みを浮かべながら駅の近くにそびえる高層ビルのホテルを指さした。
そこは有名なシティホテルで料金など知らないけれど、この辺にある猥雑なラブホテルよりも高価なことだけは確かだろう。金に糸目をつけないというか、よほどお金に余裕があるというか、銀行員は給料が高いのだろうかと腹が立つ。
「うん、じゃあ普通のホテルならいいよ、でも最後までは絶対にしないから」
ハッキリと言いすぎたかと思ったけれど、佐藤は少しだけ笑ってうなずき、私とシティホテルの方へと歩き出した。




