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パンドラの恋人  作者: 櫛名田慎吾
第四章
22/46

綾の決意

△ △ △


 一学期の終業式が終わった今日の午後、私は買い物に出かけた。買い物と言っても母親から頼まれた食材やら消耗品やらの買い物で、いわゆるお洒落なショッピングなどではない。梅雨も少し前に明けた街中は暑く、刺すような日差しが降り注いでいた。


 △


 ホームルームの後のことだ。成績表を見せ合っている高橋くんと粕谷くんを見ると、相変わらず仲が良いなあと、やはり少し羨ましくなった。三年になって以降、私はあの二人とよく話すようになったし、特にボランティアのあとには再々話をするようになってしまった。会話の内容なんてたわいもないことだったけれど、去年の私からみるとそれは異常なことだった。出来るだけクラスの中で存在を消そうとしていた私自身が、どうしてあの二人と交流をしているのか、それが自分でも理解出来なかった。


 △


 そんなことを考えていた買い物の途中。私が片手一杯になったレジ袋をぶら下げて、次のお店に向かおうと階段を降りかけた時にそれは起こった。


 見慣れた制服が私の目の端に映る。それも男子生徒と女子生徒の二人連れ。この辺でウチの高校の制服を見かけるなんて特に珍しくもなかったし、この時も誰だろうなんて思いもしなかった。ただ、片手に持ったレジ袋が重たいな、と思いながらチラッと見ただけだったのに、後になって私はそのことを激しく後悔した。


 そこに見えたのは高橋俊と有原優花の二人。私の方が階段の上の方にいたせいで、二人はまったくこちらのほうに気がついていない様子。有原優花はいつものようにポニーテールで、何が面白いのか高橋くんに喋りかけている。その有原優花の嬉しそうな表情を見た私の心臓が、ズキリと嫌な音を立てた。対して高橋くんの表情はと言えば、この前のようにつまらなさそうではなかったけれど、教室にいるときのような、そして私と辛いラーメンで対決した時のような活き活きとした顔ではない。私の目から見るとそれは、どこか有原優花に気をつかっているような顔つきに見えてしょうがなかった。


「ねえ俊! つぎ映画観に行こうよ、映画!」


 そんな有原優花の弾んだ声が聞こえてくる。高橋くんは、しょうがないなといった様子でスマホを取り出す。私は階段を降りることも出来ずに思わず身を隠し、二人が視界から消え去って、その声がまったく聞こえなくなるまでその場に隠れていた。


 △


 急いで買い物を済ませ、家に帰った私はキッチンで水を乱暴に飲み干した。街中であの二人を見かけたからといって、なぜ私が逃げるようにして身を隠さなければならなかったのか。有原優花の楽しげな様子を見たからといって、なぜ私の胸が締め付けられなければならなかったのか。そしてそんな高橋くんの様子をみて、なぜ少しだけ不快に思ったのか。


 確かに最近は高橋くんや粕谷くんとの距離が縮まっているかとは思う。けれどそれはあくまでクラスメイトとしてのことであって、個人的感情なんかじゃないと自分に言い聞かす。私は高橋くんとは個人的関係など無いし、有原優花とは接点も無い。私の高校生活はあと半年。私の復讐が済めば綺麗さっぱりと縁が切れる存在なのだ。


 水道の蛇口をもう一度ひねってコップに水を入れる。夏の生ぬるい水道水がガラスに満たされていく。私はその二杯目の水をもう一度乱暴に飲み干して、自分の部屋へと向かった。



 鞄を机の上に置いて、身体をベッドに横たえる。クーラーのスイッチが入っていない夏の部屋は暑いはずなのに、私は暑いとは感じなかった。仰向けになり、ぼんやりと天井を見つめながらこの一年のことを思い出す。


 父が倒れ、家を追われ、両親は離婚して、私の家族はバラバラになった。そして私は世間への復讐のために自分の身を犠牲にしてバカなことをやっている。幸せな誰かを、幸せな家庭を破壊したからといって自分が幸せになる訳でもないと、そんなことは理屈では判っている。でも私の復讐は理屈なんかじゃなくて、私たちの味わった絶望を誰かにも味あわせてやりたいのだ。


 けれど――。けれど心に誓ったその復讐を、もう私は二ヶ月ほどしていない。振り返ってみると五月の最終週のことだ。文化祭が終わったあの日の夜に、なんとなくSNSのアカウントを消して以来復讐相手を探していなかった。


 原因は自分でもわかっている。――高橋俊。


 彼との距離が縮まってから、私の心が緩んでしまった。


 なぜ彼を意識するのか、彼のことが好き? まさかそんなことはない。私は両親が離婚して、家を追い出されて以来そんな感情を持つことを拒否した。他のクラスの知らない男子からの告白はすべて断り、割と親しかった女友達とも疎遠になった。それなのに、なぜこの二ヶ月……。


 私はスカートのポケットからスマホを取り出す。アカウントを消していたアプリを入れて立ち上げてみる。そこにはアカウントの登録を誘う文字が並んでいた。


「私は、自分のために復讐しないと……、ダメなんだよ。ここでやめたら、バカみたいじゃない……。絶対に他人の幸せを呪ってやるんだから」


 誰に宣言するつもりもなかった。もちろん自分に断る理由も無い。ただ、なぜか新しいアカウントを取るときに高橋くんの顔がちらついてしまった。

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