ラーメン屋さん
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――「非常に残念ながら悪天候のため、本日のボランティア作業はここで中止と……」
五分後、橋桁の下に整列させられた私たちに向かって、引率の先生はそう告げた。隣をチラッと見ると高橋くんは笑い出しそうなほどニコニコとしていて、それを見た粕谷くんは吹き出しそうな顔をする。私もつい顔がニヤけてしまったけれど、よく考えると今からこの雨の中を学校まで歩いて帰るのだ。休憩の時に彼らが背中にビニールテープを貼ってくれたといっても、それまでに染みこんだ水分がやっぱり冷たい。
学校への帰り道は本格的なザーザー降りの雨になった。粕谷くんは可哀想にメガネが水滴だらけで前が見えにくそう、そして嬉しそうにしている高橋くんは、雨で前髪のくせ毛が結構目立つようになってきていた。
歩くこと二十数分、ようやく校舎が見えてくる。雨は相変わらず強かったけれど、カッパの背中のほうから新たな水が入ってくることもなく、私は心の中で近くを歩く高橋くんにお礼を言った。
正門から玄関に入ったところで全員の点呼が終わり、ここでボランティアは解散。時間は十時半を過ぎたところで、私たち以外の生徒は帰ってきてもいない。玄関で全員カッパを脱いで一旦校舎内に入る。高橋くんの髪の毛を見ると、水を吸って前髪以外も広がっていた。
「粕谷も長谷川もいいよなあ、俺は雨の日はこれだから」
私の心を読んだのか、それとも梅雨時期はいつも気になるのか、高橋くんは自分の髪を触りながらそう言う。タオルで頭を拭いているけれど、拭くたびに髪型がひどくなっている気がしないでもない。
「いや、僕にとっては雨の日のメガネの方が困るんだけど。水滴はつくし、ラーメン屋とかに入ったらすぐに曇るし」
「そういや粕谷、ラーメン食べてるとき結構曇ってるもんな。あ、そうだ、着替えたら帰りにラーメン屋に寄ろうか? 身体冷えちゃったよ」
二人は仲よさそうにラーメンの話をした後、まるで双子のように同時にクルリと私の方を振り向いた。
「長谷川さんも行く? ラーメン屋さん」
粕谷くんにそう言われて、私は一瞬戸惑った。もしもこれが粕谷くんだけだったら、ついて行かなかったと自分でも思う。でも今回は三人だし、雨に濡れて身体も冷えているし、どうせ家に帰っても昼ご飯は無いし。と、いろいろな理由を並べて一緒に行くことに決める。
「……うん、じゃあ行こうかな」
そう返事をする私に高橋くんが聞いてくる。
「長谷川、辛いのイケる?」
「え? 辛いラーメンなの?」
二人が行くのは最近流行っている激辛系のラーメンなのだろうか。いくら身体が冷えたといっても激辛系はあまり得意ではない。
「違うよ長谷川さん。普通のラーメン屋さんだけど、コイツが辛いのに嵌まってるだけ」
「そうそう、一辛から五辛まであってさ、いま三辛まで制覇中。長谷川も挑戦してみる?」
嬉しそうにそう言われても、食べられないラーメンを注文なんてしない。
「私は普通のでいい」
「ハハ……、俊、振られた」
「あ~あ、辛いの美味いのに」
そんな話をしながら男女の更衣室へと別れた私たちは、十分後に玄関で待ち合わせることにした。
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ラーメン屋さんの軒先で傘をたたんで、私たち三人は店内へと入った。「いらっしゃい」、と店主さんらしき人が声をかけて私たちを見る。店は十一時に開店したばかりで、店内にはまだお客さんがいない状態だった。
「こんにちは」、と粕谷くんがペコリと頭を下げる。二人は何度も来ているのだろう、店主さんは「今日はなに? こんな時間に」と言った。そのあと私が目に入ったのか、目を細めてすこし怪訝な表情に変わる。
「女の子連れ? こちらの美人さん、どっちの彼女?」
「いやあ、クラスメイトです。今日ボランティア作業だったんですけど、雨で早く終わっちゃって。だからラーメン食べようかって話になって……」
曇ったメガネをティッシュで拭きながら、丁寧に粕谷くんが説明をしている。高橋くんは私に椅子を引いてくれながら、顎に手を当て「四辛いってみようかなあ」などと、壁のメニューを再確認していた。
私も壁に貼られたメニューをグルッと見回してみた。粕谷くんの言っていたように、見たところは普通のラーメン屋さん。特にガッツリ系という訳でもなく、激辛系という訳でもない、メインは本当に普通の醤油ラーメンだった。ただ味噌味のラーメンとか、担々麺には辛さのランクがあって、三辛以上は一般人にはオススメできません、と張り紙には書いてある。
「ねえオジサン。俺、味噌の四辛食べられると思う?」
いつもに比べて髪が跳ねている高橋くんが店主さんに尋ねた。
「この前食べた三辛、何分掛かったっけ?」
「確か十五分弱……だったかな」
「やめといた方が無難じゃないの?」
オジサンと呼ばれた店主さんはニヤニヤと笑いながら高橋くんを諭した。高橋くんは高橋くんで、店主さんにそう言われてもまだ四辛に未練があるようで、「じゃあ三・五辛作ってよ」と笑いながら交渉をする。
「さんてんご!? しょうがないなあ、作ってやるよ三・五辛のラーメン」
店主さんは笑いながら鉛筆で注文を取り、つぎに私と粕谷くんの注文を待った。
「美人のお嬢ちゃん。オススメはチャーシュー麺。今日のチャーシューはかなり美味しいから」
白いタオルを頭に巻いた店主さんは、今日は会心の出来だというチャーシュー麺を勧めてくる。
「じゃあ私、チャーシュー麺で」
「そんなに美味しいんだったら、僕もチャーシュー麺でお願いします」
私と粕谷くんは店主さんのオススメというチャーシュー麺を注文することとなった。
四人がけのテーブル席でラーメンが出来るまでしばらく待つ。私の横には高橋くん、そして斜め前には粕谷くん。今日家を出るときにはこの三人でラーメンを食べるなんて想像もしていなかった。高橋くんは三・五辛のラーメンを何分で食べきれるかと粕谷くんと勝負をしている様子で、十五分以内で食べきるかどうかで缶コーヒーを賭けている。
やがて先に高橋くんの前に、三・五辛のラーメンがドンと置かれた。ラーメンの器が赤く染まっていて、それは見るからに辛そう。
「うわ……」
私は思わず目を細めて声をあげる。
「ねえ長谷川さん、コイツ絶対アタマおかしいでしょ?」
ニコニコしながら粕谷くんがそう言うので、思った通りに「うん」と頷く。
「おい、粕谷。十五分だからな。計っとけよ」
スマホをセットした粕谷くんのスタートの合図とともに、高橋くんは赤く染まったラーメンを小鉢に入れながら食べ始めた。見るからに辛そうなラーメンが箸で持ち上げられるのを見て、私はまたも反射的に「うわあ……」と声をあげてしまう。
辛い辛いと言いながら高橋くんがラーメンを食べている途中で、私たちのチャーシュー麺がやってきた。店主さんのオススメ通りに豚のチャーシューが美味しそう。噛んでみると柔らかく煮込んであって、醤油味のスープとよく合っていた。
「どう? お嬢ちゃん、美味いでしょ?」
店主さんが厨房から声をかけてくる。
「ええ、すごく柔らかいです」
私が素直に返事をする隣では、高橋くんが汗を掻きながら赤いラーメンを小鉢に分けて戦っていた。




