ボランティアの日 その3
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「ほら、これ長谷川のお茶」
ようやく中間地点に着いた私たちは、橋桁の下で雨宿りをしながら休憩に入った。不快なゴミが入っていたゴミ袋は一旦回収されて新しい袋が手渡される。少しホッとした私に高橋くんがペットボトルのお茶を持ってきた。
「ありがと」
二十数人の集団は雨で濡れていない場所を探して、思い思いに座っていた。もともと女子が少ないところに持ってきて、ほとんどの女子は友達同士でボランティアの希望を出している様子。私だけポツンとえんじ色のジャージ集団の中で浮いていた。雨ガッパを着ていても透明なので、女子用のえんじのジャージはよく目立つ。一人でいることには慣れっこになっていた私は、集団から離れて橋桁の近くで休憩をしようと思っていたのだけれど――。
「なあ長谷川。お前、カッパの背中がちょっと破れてるんだけどさ」
ペットボトルを手渡されたあと、高橋くんが私の背中を見てそう言ったのだ。
「え? ホント?」
思わず私は見えないはずの背中にむけて、ちょっと首をひねった。
それでさっきから背中がちょっと冷たい感じがしていたのだ。破れたカッパの隙間から雨粒が入ってきているに違いない。今日は少し肌寒くて、このままじわじわと濡れている部分が広がると風邪をひきそうだ。
「ちょっと待ってろよ」
高橋くんはそれだけ言うと、トラックの方へと小走りに向かっていく。軽トラックの側では粕谷くんがゴミを荷台に放り上げていて、高橋くんはその彼に何か言っている様子だった。一分ほどすると、高橋くんが何かを指でクルクル回しながら持って帰ってくる。それは半透明で白いビニールテープだった。
「やっぱりトラックに積んであったよ、ゴミ袋を補修するテープ。これ貼ってやるからさ」
なぜか嬉しそうにニコニコと笑う高橋くん。私に回れ右をしてカッパの背中を見せろと指で示す。
「うん」
私は指示通りに高橋くんに背を向けてカッパの背中を見せた。まず最初にそのままペタリとテープを貼った高橋くんだったけれど、「やっぱダメだわ、水を拭かないと」と、それを剥がしてタオルで私の背中を拭き始めた。
「ちょ、ちょっとそこまでしてくれなくても」
「だって結構裂けてるぞ、背中が濡れたら風邪ひくだろ?」
彼が構わず背中をゴシゴシと拭いていると、粕谷くんまでトラックから帰って来るのが見えた。
「おい粕谷、俺がカッパを引っ張って伸ばしてる間にテープ貼ってくれよ」
言うが早いか高橋くんはビニールテープを粕谷くんに投げ渡して、水分を拭き取った私のカッパをピンと張った。背中越しにも高橋くんの手の感触が伝わってきて少しだけ恥ずかしい気持ちになる。
「俊、これでいいだろ」
「オッケー、オッケー」
二人は私の背後でテープ貼りの成功を確認していた。最後にポンポンと貼ったテープを背中に手で押しつけたのはたぶん高橋くんだろう。この時なぜだか私は直感でそう思った。
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結局私はクラスメイトの二人と一緒に休憩をとった。新品のゴミ袋をお尻に敷いて三人でペットボトルのお茶を飲む。高橋くんは雨の降り続く空を見ながら「この雨、全然あがりそうにないよな」と、文句を言っている。
「長谷川さんは、なんでゴミ拾いを選んだの?」
水滴のついたメガネをタオルで拭きながら、粕谷くんが私に聞いてきた。メガネを取ったその素顔はやっぱり端正な顔立ちで、彼のことが好きな女子もいるのだろうと不要な想像をしてしまう。
「べつに、理由なんか無いよ。気をつかわなくても済みそうだったし」
私は粕谷くんの笑顔から視線をそらして答える。人の良さそうな粕谷くんは「なるほどね」、とだけ言ってメガネを掛けた。
「長谷川さん。コイツは雨が降って中止になることに賭けて、ゴミ拾いを選んだんだよ」
空を見上げている高橋くんを指さして、粕谷くんは可笑しそうに私に説明する。「なんだよ、悪いか?」、と高橋くんは怒ったけれど、どうみても本気で怒ってはいない。
「だいたい長谷川だって今朝起きたときに、「やった、雨だ」って思わなかったか?」
「それは……、ちょっと思ったけど」
私が素直な感想を言うと、「ほらな! 面倒くさいことは中止にならないかな、って思うのは普通の感覚なんだよ」、と高橋くんは鬼の首を取ったように粕谷くんに迫る。
「でもさあ俊、プリントには小雨決行って書いてあっただろ」
冷静に話を元に戻す粕谷くん。確かに配付資料には雨具の準備もあったし、小雨決行の文字もあった気がする。
「小雨か大雨かなんて人によって違うじゃん、俺にはこれでも十分大雨なんだけどさ」
シトシトと雨粒を降らす天を指で示して、高橋くんは真顔で私たちを見つめる。その無意味に真剣な表情を目にした私は、たまらずついつい吹き出してしまった。高々半日のボランティアのために、真剣に雨天を希望する彼が可笑しかったのだ。それにそんなに嫌だと思っているボランティア作業なのに、始まってしまえばズルをすることもなく真面目にゴミを拾う高橋くんという男子が不思議だった。
「ああ、この前もそうなんだよなあ。俺が結構真剣に喋ってるのに長谷川はそれを笑ったんだ」
そういって、高橋くんが吹き出した私に向かって不満げに鼻を鳴らす。
「だって高橋くんの真剣な話って、金魚が運ばれてくる荷姿とか、何を聞いても「悪い?」って答えることとか、ちょっとピントがずれてるでしょ。デッキブラシが目の前にあるのを見逃したりするのに」
「デッキブラシは金魚を入れるトロ舟を持ってたから見えなかったんだよ。それに長谷川だって金魚の入ってた箱を俺より先に開けて確認したじゃん」
「それは高橋くんが金魚の荷姿について、私に何度も聞いてきたからでしょ?」
いつの間にか私は高橋くんと言い合いのように話をしていた。間に挟まれた粕谷くんは肩をすくめて私と高橋くんをチラチラと確認している。複雑そうなその表情は、話の中に割って入るべきかどうか悩んでいるように見えた。
「……うん、まあ俊は結構どうでもいいことで真剣になるからなあ」
多少ひきつった顔で話に乗り込む粕谷くんに向かって、高橋くんは今度も不満そうにため息をついた。
「ええそうですよ、ボクは粕谷みたいにオトナじゃないですから」
開き直ったのだろうか、高橋くんの口調が粕谷くんっぽくなってちょっと可笑しい。
「いやいや、俊は優花ちゃんの前だったら結構なオトナだろ?」
「それはさあ……」
ここで有原優花のことが出てきて私はハッとなる。確かにあの子の前の高橋くんは借りてきた猫じゃないけれど、ちょっと雰囲気が違うのに気づく。
「それは粕谷、優花のほうが俺より子供なんだよ」
「ブハハハ」
粕谷くんはその言葉に笑ったけれど、私はあまり笑えなかった。このままその理由を考えていくと、私の嫌な部分を自分で見つけそうで考えるのをやめる。けれどこの時私は自分で気がつき始めていた、結局私は有原優花という子を好きではないのだろうと。あの見るからに幸せそうで、高橋くんに甘えることが出来て、わがままを許してもらっているあの子が心の中では嫌いなのだろうと。
考えるのをやめると思いながらも、ボンヤリとそんなことを考えてしまう私の横では、高橋くんと粕谷くんが二人で会話を続けていた。話題はもう有原優花の話ではないとは分かっていても、その話の内容は何かというところまで頭の中には入って来ない。そんなとき、不意に高橋くんが私の名前を呼ぶ。
「――なあ、そう思わないか長谷川も」
「え? なにが?」
「ほら、雨、さっきより強くなってる気がするだろ?」
高橋くんが言った空を見上げると、確かに雨が強くなったような気もする。水たまりに落ちる雨粒がさっきよりもハッキリと見える。シトシトというよりは、ザーザーに近い雨になりつつあった。
引率の先生の方を見てみると、軽トラックの方を指で確認しながら何かを相談している様子。もしかしてこれは高橋くんの望むように中断というか、そのまま中止になりそうな気配が漂う。
「俊、でもさあ、ここで中止になっても結局は雨の中を歩いて帰るんだぞ。たいして変わらないだろ?」
「いや、二時間トクした気分じゃん」
「お前どれだけボランティアが嫌なんだよ……。ねえ長谷川さん」
粕谷くんにそう言われても、私も雨の中でゴミ拾いをするくらいなら、たとえ雨の中を歩いて帰っても二時間早く終わる方がいい。
「私も、早く終わる方がいいけど」
「ええ……、ホントに? 長谷川さんも?」
「ほらほら、俺たちが普通で、粕谷は真面目なんだって」
俺たち、と私をその一味にちゃっかりと入れる高橋くんを可笑しく思いながら先生の様子を振り返ると、先生の一人が「だめだ」というように首を左右に振っているところだった。




