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パンドラの恋人  作者: 櫛名田慎吾
第三章
17/46

ボランティアの日 その2

△ △ △


 どうしてこの二人はこんなに仲がいいのだろうと、不思議に思って見ていた。もちろんこの二人とは高橋くんと粕谷くん。


 似たような背格好の二人。粕谷くんがメガネをかけた秀才タイプで、高橋くんはどちらかというと多少ぶっきらぼうな男子。でも二人とも仲が良くて、いまも小雨が降るなかで一緒に河川敷のゴミ拾いをしている。朝から高橋くんが天候のことで文句を言うと、粕谷くんが「俊が自分で選んだんだろ」と笑う。私はちょっとだけ羨ましいなと思いながら、少し離れて二人を見ていた。


 今日は朝から小雨模様だった。もしかしたらボランティアは中止かも、と多少期待していたけれど、学校からの一斉メールで予定通りあるとの知らせが入る。私はため息をついて制服に着替え、雨合羽やジャージ、そしてタオルの準備をして学校へと向かった。


 ゴミ拾いのボランティアを選んだのは、それが一番人気が無さそうだったから。一人でゴミを拾っていれば時間が過ぎるし、誰とも話さなくてもいい。誰にも話しかけられることも無いだろうし、とにかく周囲に気をつかわなくていい。そんな考えで希望を出したのは私だけだったかもしれないけれど、まさかあの二人が一緒だとは想像もしなかった。


 ジャージの上から雨合羽を被っているので、後ろ姿からは二人の見分けがつかない。普通ならちょっとくせ毛なのが高橋くんで、まっすぐな後ろ髪が粕谷くんだとわかるのに、フードを被っていると区別のしようがなかった。二人が喋っているとようやく、少しハスキーな声でよく喋るのが高橋くんだというのは判る。でも距離が離れて声が届かなくなるともう全く判別不能になった。


 河川敷の公園とはいっても縦に長くて距離は三キロくらいある。おまけに今日は雨だ。引率の先生を含めて二十数人のボランティアでは清掃にも限度があった。ゴミ袋片手に火箸で河川敷のゴミを拾っていく。空き缶などは燃えないゴミ、ナイロン袋や段ボールなどは燃えるゴミ、私は一人で黙々とゴミを拾っていた。


 △


 草の中に落ちていたコンビニ袋を火箸で拾った時だった。拾った拍子にコンビニ袋から何かが落ちる。私は落ちたそれを見た瞬間、ちょっと顔をそむけてしまった。それは性行為につかわれるための避妊具、つまり使用済みのスキンだった。実物を見たことは何度もあるし、援交のときにはオトコがその中に出す道具。ただ、こんな学校行事の最中に見たいものでは決してなかったし、特にクラスメイトのあの二人と一緒にいるときに遭遇するなんて最悪な気分になった。


 私はその不快なゴミを火箸で拾ってコンビニ袋の中に突っ込む。ガサゴソという音がして黄色いコンビニ袋の中にスキンは消えて見えなくなった。ポツポツという雨音がフードに当たる中で腰を伸ばし、私は周囲を見回した。半径五メートルほどの中には他の生徒はおらず、私が汚いゴミを拾ったことなど誰も気づいていない様子。例の二人は十メートルほど先で仲良くゴミ拾いをしていて、相変わらずどっちがどっちか判然としない。


「はあ……、もう」


 思わず大きなため息をついてゴミ袋を揺らした。空き缶はカラカラと、燃えるゴミはゴソゴソと音を立てて袋の底の方へと溜まる。さっきの黄色いコンビニ袋も、燃えるゴミの中に混ざっていく。


――「ハハ、コンドーム、コンドーム!」


 そんな声が後ろから聞こえたのは、そんな時だった。ギョッとした私は思わず後ろを振り向く。そこには他のクラスの男子が面白そうにスキンの入っていただろう紙箱を拾って、ゴミ袋に入れる姿があった。普通に考えればあんな小さなゴムの物体など、何メートルも離れれば見えるはずもない。私はホッとしたような、ちょっと腹立たしいような気持ちになって足早にその場を離れる。


 前向きに五メートルも進むと、高橋くんと粕谷くんの話し声が届いてきた。フードにポツポツと当たる雨音の中でも高橋くんのちょっとハスキーな声はよく響く。


「――だからさあ、いまD判定だったら年末にBとかAになるのって難しいっていうか、それって無理だろ」


「Bはどうかな、でもまあA判は無いだろうなあ」


 どうやらあの二人は受験のことを話しているらしい。どこを受けるのか知らないけれど、この前の模試で志望校にD判定をもらった様子。たしか体育祭の時に話した内容だと高橋くんは建築とか設計とかの方を志望していたはず。どこがD判定だったんだろう、と私は自分らしくもなく少し気になった。


 二人の四~五メートル後ろでゴミ拾いを始めると、受験の話は模試の結果から参考書選びの話へと移ったようだった。なんだか少しがっかりしたような気持ちになった自分の心に少し驚く。


 いったい高橋くんがどこに進もうとも、私には全然関係が無い。そんなことを気にする私がおかしいし、私が知ったところで何の影響があるのだろう。


「ばかばかしい……」


 私はボソッと呟いた。そう、自分では小さく呟いたつもりだった。けれど私が声を発した瞬間、粕谷くんが後ろを振り向いた。


「ああ、なんだ長谷川さん。真後ろにいたんだ」


 その声につられて高橋くんもこちらを振り返る。


「わあ、びっくりした。さっきまで後ろに誰もいなかったのに」


 高橋くんは少し腰を伸ばして手で叩きながら、そして粕谷くんは火箸をカチカチと動かしながらこちらを向いて私を待ってくれている様子。


「しっかしゴミだらけだな。長谷川も結構拾ったな、ゴミ」


 高橋くんは私のゴミ袋を指さして、なぜだか嬉しそうに笑った。始まるときまでブツブツと文句を言っていたのに、始まると結構真面目なのが高橋くんらしい。ただ、私は彼が指さしたゴミ袋にあの気色の悪い使用済みのスキンが入っていることを思い出して、ちょっと嫌な気持ちがよみがえる。


「長谷川さんも一緒にゴミ拾いしようよ、どうせウチのクラスからはこの三人だけなんだから」


 粕谷くんが優しそうに声をかけてくれたので、私は「うん」とだけ返事をして、二人の二メートルほど後をついて歩いた。


 朝からの小雨は変わらずにカッパを濡らして、面倒くさいボランティア活動をより面倒くさくしている。左手に持ったゴミ袋の中には黄色いコンビニ袋、そしてその中にはあの不快な物体。前を行くのはクラスメイトの男子で、もちろん彼らはそんなゴミが入っていることを知らないのだけど、私は早くこのゴミ袋を一旦収集トラックに積んでしまいたかった。しかしトラックが待っている中間地点の休憩時間まではあと三十分くらい。それまでのあいだ私は、この不快な物体と一緒に高橋くんたちと一緒にいなければならない。


 二人の背中をチラリと見る。この距離で見ると右が高橋くんで左が粕谷くんだと区別ができた。同級生の男子の中では背は低い方ではなくて、二人とも少し高い方にはいる。もちろん成人男性としても十分通用する体格で、それはつまりそういう行為をしていてもおかしくは無いという意味だ。


 ゴミ拾いでスキンを拾わなかったら、こんな想像なんてしていない。私は同級生をそういう目で見ることはなかったし、援交で見かけるような気色の悪い中年オトコと、クラスメイトが同じ『男性』という種族だと思ったこともなかった。ただのエロいお子様と、分別のついた大人のイヤらしさは違う。私にとっては前を歩く二人はあくまで男子であって、オトコではなかった。けれどそれほど深く考えなくても、高校生で性行為をしているカップルなんて掃いて捨てるほどいるだろう。


 高橋くんと有原優花はどうなのか。


 突然頭に浮かぶそんな想像。私はなぜいまそんなことを考えるのか、自分自身が嫌になった。あのお嬢様がそんなに簡単に身体を許すはずがない。


 私は少し上目遣いに前を見る。すると何がおかしいのか高橋くんは笑いながら火箸でナイロンゴミを拾っていた。その無邪気ともいえる笑顔を見た私の胸が、いつかのときのようにズキリと痛む。別に私と高橋俊と、そして有原優花の間には何の関係もない! 勝手に心のなかで宣言する私の叫び声など、雨のなかの誰も聞いているはずもなかった。

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