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パンドラの恋人  作者: 櫛名田慎吾
第二章
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そんなことに気づいたって

 △ △ △


 文化祭の片付けが終わり、教室を出るときに振り返った光景を、私はベッドの上で思い出していた。高橋くんが帰り支度をしているところに、粕谷くんが近づいていこうとしている光景だ。


 そんな私の頭の中の今日の記憶を、スマホの着信音が遮る。スマホに入ってきたメッセージの音。それは男が引っかかった時の音なのだけれど、なんだか今は見る気がしない。それどころか電源を切ってしまいたいくらいだった。


「はあ……」


 寝返りを打ちながら私はため息をつく。


 母親が一旦帰ってくる前にご飯を炊いておかないといけないし、できればお味噌汁とおかずも用意しておきたい。今日は土曜日で母は夜勤の仕事もある。だから少しでも楽をさせてあげたいと思っていた。けれど学校から帰ってベッドに寝転ぶと、なぜか私の心は家事へと向かなかった。


 高橋くんと粕谷くんが仲がいいことは知っていたし、私の学園祭の仕事を高橋くんと組ませたのは粕谷くんの仕業だとは気がついていた。きっと粕谷くんは私がクラスで浮いているのをなんとかしようと思ってくれたのだろう。私からすると大きなお世話だと思ったけれど、実際に高橋くんと学園祭の二日間を過ごすと、私の意思に反して彼との距離が縮まってしまった。


 会話のテンポなのかタイミングなのか、それとも相性なのか、無理に話を合わすつもりもなかったのに彼との話は続いてしまう。おまけにどうしようもないほど笑いのツボが同じ。私ひとりだったら笑いもしないところなのに、彼が笑うと思わずつられてしまった。


 去年の我が家の出来事があって以来、男の子と、いや男女を含めてあんなに同級生と話をしたのは初めてだった。少しくせ毛で、ハスキーがかった声で、やる気があるようには見えなくて、とはいえブツブツと言いながらも結構真面目で、そして――有原優花の彼氏で。そんな高橋くんと話が合った。


「いやだなあ」


 少しだけハスキーな高橋くんの声を思い出し、今度はうつ伏せになって思わず呟く。


 高橋俊は有原優花と付き合っている。そんなことは知っていたからあんまり近づくのはダメだと思っていた。周りに何を言われるかわからないし、思いもしない他人の勘ぐりにあうのも嫌だった。なにしろ今の私はできるだけ高校内で目立ちたくはない。私の復讐が終わって退学でも謹慎でもなったときに、『やっぱりね』などと言われたくなかった。どちらかというと、『そんな子いた?』と言われるほど存在を消しておきたかった。


 またスマホから短い音が鳴る。


「もう今日はいいや……」


 私はスマホを手に取って電源を消すのではなくて、アプリのアカウントを消した。結構な数の返信が入っていて、いつもなら有望な復讐相手を吟味したところだけれど、今日の私はそれをする気分になれなかった。


 昨日の体育祭と今日の文化祭。私の本心を包み隠さずに晒すと、本当は少し楽しかった。もちろん行事自体が楽しかった訳ではなくて、高橋くんと気が合ったのを楽しいと思ってしまった。決して話が上手な方ではないし、場を盛り上げようとするようなタイプでもない。話を盛り上げるなら粕谷くんのほうが上手だったし、いろんな話を振ってくれたけれど、私は彼には素直になれなかった。あの二人にどういう差異があるのかは分からない。どちらかというと粕谷くんの方が女の子受けはいいだろう。でも私は高橋くんに心を開きかけてしまった、もしかしたら高橋くんだけが特別なのだろうか。と、そんなことを考えたとき、私の胸がズキリと痛む。


「高橋……俊」


 彼の名前を音に出して口に出すと、私の脳裏には「俊」と彼に呼びかける有原優花の声がよみがえった。私とは全然違うお嬢様で、友達が多くて学年でも目立つ方で、そんな彼女と高橋くんは付き合っている。そして私の見るところ、高橋くんは有原優花のわがままな部分をだいたい許していた。男なんてそんなものだろうか、可愛い女の子のわがままを許してしまうのだろうか、そして「しょうがないなあ」などと言いながら、聞きたくもない話に付き合うのだろうか。


「バカ」


 誰もいない部屋に私の声が響く。私は誰に向かってバカと言ったのか。高橋くんだろうか、有原優花だろうか、それとも私自身に向かってか。


 端から見れば自分はバカなことをしていると思う。見知らぬ相手に向かって復讐を叫んでいるバカな女の子かもしれない。でも私はやめられなかった、やめたら負けだと何度も自分に言い聞かせ、自分の復讐相手を探し続けているのだ。


「高橋俊」


 私はもう一度高橋くんの名前を口にした。するとやっぱり有原優花の声と顔が思い浮かぶ。私はあの幸せ感いっぱいで、男の子にわがままを言えるお嬢様が羨ましいのか、自分で自分の心がわからない。やっぱり私もチヤホヤされたいのだろうか、それもわからない。でもチヤホヤされるのだったら大体の援交相手は私を持ち上げてくる、ただしその裏にいやらしい欲求を隠して。だから私はチヤホヤとしてくる男を疑ってかかる、どうせその裏にはなにかあるのだろうと。


「そうか……」


 不意に私は高橋くんと粕谷くんの違いに気づいた。粕谷くんは優しくて気をつかってくれて、ある意味私のことを持ち上げるように接してくれた。ところが高橋くんは違った。あくまで私を同級生の一人として扱って、多少悪態をついたり、私に笑えと言ってきたり、その態度すべてが自然だった。決して私を持ち上げようとはしなかったし、逆に見下すようなこともなく、いわゆる「俺様」的なところもなかった。だから私は思わず本音を出してしまったり、冗談を言ったり、本気で笑ってしまったりしたのだ。


「ダメだよ、そんなことに気づいたって」


 天井に向かってそう呟いたあと、私はベッドから起き上がる。このまま考え続けてもいいことなど一つもない、恋に悩む乙女でもあるまいし。と、私はドアを開けて台所に向かったのだった。


<第二章 おわり>

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