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パンドラの恋人  作者: 櫛名田慎吾
第二章
11/46

バカじゃないの?

 △


 お昼のチャイムが鳴る頃には、水槽の中の金魚は半分どころか四分の一以下にまで減っていた。生き物だから余っても仕方が無いのだけれど、この調子だと昼から一時間も持たずに全部売り切れになりそうだ。店番の交代のためにやって来たクラスメイト二人は、「これだけ? もう実質終わりだろこれ」と、嬉しそうに椅子に座る。


 僕と長谷川は三時間休憩もせずに、金魚すくいの八割くらいを終わらせたことになる。さすがにちょっと疲れた僕は、他の教室の出し物や展示を見に行く力も出なくて、教室の隅の休憩椅子に座り込んだ。数秒後、長谷川綾も疲れた表情で僕の二個隣に座ってため息をつく。


「お疲れさん」


「高橋くんもね」


 こちらを振り向きもせず返事をする長谷川。そのあと一分ほど僕は、繁盛するウチのクラスの出し物を眺めていた。


「ねえ高橋くん、バカじゃないの?」


 突然そんなことを隣の長谷川が言った。何のことかは僕にだってすぐに分かる、優花が来たときのことだ。それ以外に「バカじゃないの」と言われることはない。


「しょうがないだろ、十五匹か十六匹か覚えてなかったんだからさ」


「それもあったけど……、それじゃなくて、カノジョに甘いんだなあって思って」


「ああ、そっちもか」


 長谷川が言っているのは大きな金魚の話だった。子供のわがままみたいな些細な話だけど、やっぱり長谷川は気づいていたようだ。


「有原さんに対してって、いつもあんな感じなんでしょ?」


「悪い?」


「悪いなんて言ってないよ、有原さんてお嬢さんらしいし」


「みたいだな。知ってたの?」


「結構有名だもん」


 交友関係がさほど広く無さそうな長谷川が知っているくらいだから、優花の実家のことは割と知られていることなのだろう。二個隣の長谷川を見てみると、横にあった机に頬杖をついて、少しもの悲しそうな顔で教室の入り口の方を見ていた。


「長谷川、昼飯どうすんの?」


 なぜこんな声を掛けたのかはわからないけれど、僕は何か声を掛けなければいけないような気がした。端的に言うと、気まずかったのだ。


「ん? 今日は時間なかったから、おにぎりだけ握ってきた」


「え? 長谷川って、毎朝自分で弁当作ってんの!?」


「悪い?」


「悪いなんて言ってないよ、凄いなって思ったからさあ」


 ここで僕も長谷川もほぼ同時に気づいた。「悪い?」と聞く同じような会話の流れを、さっきから攻守を逆にしてそっくりそのまま繰り返していることに。


 目と目が合って、まず耐えきれずに吹き出したのは僕。下を向いて必死に笑いをこらえても無理なものは無理だった。目から涙がでそうになりながら隣を確認すると、長谷川は長谷川で頬を膨らませて必死で耐えていた。そんな表情を見たこともなかった僕はついに爆笑をしてしまう。


「は、長谷川も笑えよ」


「なんで私が笑わなくちゃいけないの!」


 教室内がガヤガヤしているせいで目立たなかったけれど、それは確実に激レアな光景だった。あのクールな長谷川がムキになって大きな声を出したのだ。


「なに笑って、高橋くん、アタマおかしいんじゃない?」


 照れ隠しのようにツンツンとした態度をとる長谷川を見ても、僕にはもうそれが彼女の仮面であることは分かりかけていた。たぶん本当の長谷川綾はもっと素直な女の子だ。


 と、その時粕谷が弁当を持って僕のところにやってきた。どこかに食べに出ようかと僕を誘いに。


「長谷川さんも一緒に食べに出る?」


「えっ?」


 なんということだろう、粕谷が長谷川を誘った。そのことに長谷川も驚いただろうけれど、僕もビビった。長谷川はちょっと訝しそうな顔をして「私、おにぎりだけだから」と一旦断る。その顔はいつも見せる長谷川綾の表情で、ついさっきまでの笑いはスッと消えていた。


「でもさ、ここの教室の中じゃもう食べるとこないよ」


 粕谷につられてグルッと教室を見渡すと、たしかに食べるようなスペースは限られていて、そこは既に女子のグループが占拠していた。


「いいじゃん長谷川、外で食べたら。ここで食べても落ち着かないだろ」


「うん、まあ……」


 一瞬長谷川はジロッとした目で僕を見たけれど、結局は粕谷の誘いに同意をした。



 僕と粕谷と長谷川綾。実に奇妙な取り合わせの三人がかたまって、中庭のベンチで昼飯を食べる。向かって右端に長谷川が座り、左端に粕谷が座ってしまったので、僕には真ん中しか残っていない。長谷川はつまらなさそうに弁当の箱をあけて、ラップに包んだおにぎりを取り出した。やっぱりさっきまでの長谷川とは違って、いつものように実に緊張感に溢れている。


「長谷川さん、おにぎりだけ? おかず食べる?」


 僕を挟んで粕谷が声をかけた。粕谷が差し出した弁当箱には爪楊枝にささったウインナーが入っている。


「ううん、いい」


 即答する長谷川。ふたりの間に挟まった僕はとても気まずい。右側にいる粕谷を見ると、なぜかちょっとだけ嬉しそうに苦笑いをしていた。


「俊、昼からどこか見て回るの?」


 気を取り直したのか、粕谷は弁当を食べながら昼からの予定を聞いてきた。


「ああ、俺、昼から優花の……」


 僕は「優花のクラスの演劇を」、と言いかけてほんの一瞬詰まってしまった。隣に長谷川がいるので、ちょっと言いづらい感じがする。


「ええっと、優花のクラスが演劇かなんかやるからしいから、見に来て欲しいって言われてて」


 演劇かなんか、ではなくて演劇だし、見に来て欲しいではなくて、見に来いだったのだけれど、僕はなんとなく言葉を濁してしまった。長谷川はおにぎりを食べながら完全に無関心の様子。


「へえ、そうなんだ。長谷川さんは昼からなにかあるの?」


「ないよ」


 今度も素っ気なく即答をする長谷川。今までの僕にとってはこれが普通の長谷川綾だったのだ。けれどいまの僕は『もうちょっと愛想良くすれば可愛いのに』、と余計なことを思ってしまう。


「じゃあ長谷川さん、昼から僕と駄菓子の店番をしてくれる? 加納がちょっと回りたいところがあるらしくて、人が足りなくなったんだけどさ」


「べつに……、いいけど」


 そう言って、長谷川はなぜか僕の顔をチラッと見た。僕は僕で粕谷がそんなことを言い出した理由を探す。やっぱり粕谷は長谷川に思うところがあるのだろうか。それともクラス代表として、長谷川が文化祭で浮かないように気をつかっているのだろうか。


「よかった。じゃあ一時から駄菓子屋の方を手伝って。とは言っても、もうあんまり駄菓子も残ってないけどね」


 安心したようにそう言った粕谷は、予想以上の集客に午前中もてんてこ舞いだったと、実行委員としての苦労を話し出す。金魚は余らせると大変だから少なめに買ったけれど全然足りなさそうだとか、ダーツや輪投げ比べてミニピンポンはピン球が飛んでいって失敗だったとか、うまい棒の納豆味だけ妙に残ってるとか、金魚以外のエピソードは色々初耳なことばかりだった。


「結局粕谷はどこも見に行けないのか?」


「しょうがないだろ、実行委員だからさ」


「そうか、大変だな」


 僕は何の気なしにそう言って紙パックのジュースを飲み干し、この奇妙な取り合わせの昼食を終えたのだった。

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