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パンドラの恋人  作者: 櫛名田慎吾
第二章
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金魚すくい

 △



――「この金魚、すくえるだけすくっていいの?」


――「ねえちょっと! この金魚すくいの紙、破れやすくない!?」


――「俺、金魚すくいだけは得意なんだ」


 文化祭の日、なぜか朝から金魚すくいは大盛況だった。というか、ウチのクラスの縁日風駄菓子屋えんにちふうだがしやが大盛況だった。


 僕にはその理由はさっぱりわからない。ミニゲームが良かったのか、それとも駄菓子屋というものが物珍しかったのか。とにかく朝っぱらから多数の来客で、目の前の金魚がドンドン減っていくのがわかった。


 女同士の友達連れ、男同士の友達連れ、そして楽しげなカップル。いろんな生徒が来ては金魚すくいをしていった。中でも面白かったのは長谷川のことを初めて見るだろう下級生男子が、チラチラと店番をする長谷川の顔を盗み見していくことだった。


 クールで決して愛想はよくないけれど、確かに長谷川綾は美人。金魚すくいをしながらチラ見をする下級生男子どもの気持ちも、少しだけ理解はできる。


 そんなこんなで、二人で朝から忙しく金魚すくいの順番をさばいていたときだった。優花がウチのクラスに遊びに来たのだ。時間は十時半を回っていたけれど、とても金魚すくいの前から長谷川が抜けられるような状態ではなかった。


「俊?」 


 金魚をすくっている人垣の後ろから優花の声が聞こえた。僕は金魚をすくう紙の網を渡していたところで、優花が近づいてくるのに気がつかなかった。声につられて顔を上げると、優花と、いつも一緒にいる女友達が三人で立っている。


「ああ優花ごめん。いま混んでるからさ、人が空くまでちょっとだけ待って」


 そう言って僕は先に金魚すくいの網を三本渡す。僕の隣では長谷川がすくった金魚をナイロン袋に無言で詰めていた。その長谷川の雰囲気はできるだけこちらの方には無関心を装っていて、身体を三十度ほど斜め向こうに向けている。僕は何も悪いことをしていないのに、僕と長谷川の間にちょっと嫌な雰囲気が漂う。


「ねえ俊、これ二枚重ねちゃダメなの?」


 紙の網をクルクル回しながら優花が言った。いたずらっぽいその表情は、今のところ長谷川のことを何も気にしていない様子。考えてみればクラスの出し物でクラスメイトと店番をするのは普通のことだ。ただ相手が氷姫の長谷川綾だからというだけで、他のクラスの人間にはそんな事情など判りにくいだろう。


「ダメに決まってるよ。っていうか、何匹捕まえても持って帰れるのは五匹だから。じゃないとアッという間に消えちゃうし」


 既に半分近くに減っていた金魚の群れを指さして、僕は優花に言った。


「へえ、じゃあ朝から今までの最高記録は?」


「えっと、たしか十五匹……だったっけ?」


 思わず僕は隣の長谷川に聞いてしまう。聞いた瞬間我ながらバカだとは思った。聞かれた長谷川も『あんたバカ?』とでも言いたげな表情になって、「十六匹」とだけ無愛想に言う。


「十六匹だった……」


「ふーん」


 そう言いながら優花はチラッと長谷川の方を向いた。相変わらず長谷川はこちらを無視して金魚をナイロン袋にいれている。


「優花、それから佐藤さんも、木戸さんも空いたから、どうぞ」


 僕の前にはようやく三人分のスペースが出来た。僕はとにかく早く優花たちの金魚すくいを済ませたくて、優花とその友達二人を目の前に座らせる。


「弱ってるのは捕まえやすいけど、すぐに死んじゃうかもしれないからさ。元気なヤツを狙ったほうがいいよ」


「え~、でも元気な金魚を捕まえようとして、すぐに網が破れたらもったいないじゃん」


 優花は口を尖らせるようにして文句を言う。


「まあその時は、俺が網で二匹捕まえてナイロン袋に入れるんだけどね」


 だいたいの金魚屋がそうするように、一匹もすくえなかった人にはちゃんとした網で二匹捕まえて渡すようにはしている。


「あ、そうなんだ。じゃあ安心して大きな金魚狙おうっと」


 そう宣言した優花はかなり大きめの金魚に挑戦し、そして僕の予想通り秒殺で敗れ去った。


 大きな金魚に破られた網をクルクルと回し、なにか思わせぶりな目で僕を見る優花。いくら僕でもさすがに自分の彼女にだけもう一枚網を渡す訳にもいかない。僕は小さなお椀を片手に、破れない本当の網で金魚を追った。適当な二匹の金魚をナイロン袋に入れて優花に渡すために。


 ――と、その時。


「俊、それじゃないって!」


 僕が網ですくおうとした金魚を見て「それじゃない」と言い出す優花。


「それじゃないって……、どれ?」


「それ!」


「それって……、もしかしてこれ!?」 


 まさかと思って僕は、さっき優花が挑戦して敗れ去った大きめの金魚を指さしてみる。丸々と太っていて、尾が少し長くて紅白の綺麗な金魚だった。


「それそれ!」


 無邪気にその金魚を指で追う優花に、佐藤さんと木戸さんの二人も思わず笑い出す。僕は他の客の反応も気になったけれど、それ以上に長谷川綾の反応が気になった。自分の彼女だけ特別扱いをする僕をどう見るだろうかと。


 その長谷川は黙って他の生徒の相手をしていた。敢えてこちらにはノータッチを貫いている。さすが長谷川だ。


「じゃあわかったよ……」


 観念した僕は優花の言うことを聞いて、その綺麗な金魚ともう一匹大きめの金魚をナイロン袋に入れたのだった。

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