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パンドラの恋人  作者: 櫛名田慎吾
第二章
12/46

不思議の国のアリス

△ 


 実に意外な取り合わせで昼食を終えた僕たちは教室へと戻る。弁当箱をカバンに仕舞った僕は、優花のクラスが演劇をするという講堂へと向かい、粕谷と長谷川はそのまま教室に留まった。


 教室を出る前に金魚の水槽に寄ってみると、もう金魚は指で数えられるんじゃないかというくらいに減っていて、だいたい残った金魚は屈強そうな大きめのものばかりになっていた。


 入り口の扉付近で、ふと教室の中を振り返る。朝に比べたら歴然と減っている駄菓子の前に、長谷川と粕谷がちょこんと座っている姿が目に映る。周囲から見ると美男美女の組み合わせだったのだけれど、二人の間に特に会話をしている様子は無さそうだった。


 △


 優花のクラスの演劇は、『不思議の国のアリス』をするということだけは事前に聞いていた。講堂に入ると八割ぐらいは席が埋まっていて、もうすぐ開演の時間。いったい優花が何の役をするかは教えてもらえず、来てからのお楽しみと言われていたので幕が上がるのを待っていたのだが……。開演と同時にいきなり優花がアリスで出てきたので、僕は椅子からずり落ちそうになった。


 どこから借りてきたのか金髪のカツラを被って、「ウサギさん待って~」などという優花のアリスは意外にもハマり役で、四十分くらいの劇としてはまあまあ面白かった。


「ねえ俊! 面白かった?」


 幕が下りて、明るくなった講堂を出ようとすると後片付けをしている優花たちと出会う。まだアリスの格好で金髪のカツラを被り、白ウサギやハートの女王と一緒にいる優花は劇が終わって実に満足そうだった。


「アリスの役をやるなんて聞いてなかったからさあ、いきなり出てきて椅子から落ちそうになったよ」


「だって言ったらビックリしてくれないでしょ、隠してたんだから」


 近くでよく見ると優花は目に青いカラーコンタクトをしていて、念には念を入れたアリスのコスプレになっていた。文化祭に力が入っているというか、目立つのが苦にならないというか、いろいろとウチのクラスの長谷川綾とは正反対だと思う。


「じゃあね俊。今日は打ち上げをするから感想を聞けないけど、今度ゆっくり聞かせてもらうから」


 優花はそれだけを言うと、アリスの衣装を翻して戻っていく。


 劇の感想といってもそんなに言うことはないのだけれど、優花のことだから喫茶店で一時間くらい感想を言わされるんだろうなと、僕はこのとき覚悟をした。


 それから三十分から四十分ほど、他のクラスの出し物やクラブの発表などを見て回り、自分の教室に戻ったのは二時半をまわっていた。今日の文化祭は四時で終了なので、残すところ一時間半。さてさてウチの金魚たちはもう全部売り切れただろうな、と思いながら教室に入る。


 入り口から中を覗くと、金魚の水槽の前にはもう誰もいなかった。予想通りの売り切れだ。そりゃあそうだろう、午前中に四分の三以上取られてしまったのだから、午後から一時間半も持つはずがない。


 そして次に駄菓子の置いてあった方に僕が視線をずらすと――、お内裏様とお雛様のように、粕谷と長谷川はそこに座っていた。僕の記憶が確かなら、僕がこの教室を出て行った時と何も変わっていない姿に見える。座っている姿勢も、その距離感も。


 金魚もいなくなり、駄菓子もほとんど無くなり、午前中に比べたら我が教室の中は人もまばらになっている。その中でクラス代表の粕谷と氷姫の長谷川が、相も変わらず並んで座っているのは不思議な光景だった。


「ああ……俊、どうだった?」


 教室に帰ってきた僕を見つけて粕谷の顔が妙にほころぶ。横の長谷川はといえば僕の顔をチラリと見て、なぜか少し不機嫌そうな顔をする。


 もし粕谷だけが相手ならさっき見た『不思議の国のアリス』の話を、「優花がアリスでびっくりした」とか、「アイツ、カラコンまでしてアリスのコスプレに念が入っていた」とか、じっくりと内容を話すのだけれど、なぜか長谷川の顔を見ると詳しく言えない気分になる。


「ああ、まあまあ。演劇は『不思議の国のアリス』をやってた」


「へえ、そうなんだ。で、優花ちゃん、なんの役をやったの?」


 人の気も知らない粕谷がニコニコと僕に聞く。でもよく考えてみるとこれは自然の流れ。優花がなんの役をやったのか粕谷が聞くのは当たり前といえば、当たり前だろう。だって、僕は自分のカノジョの演劇を観に行ったのだから。


「……アリスをやってた」


「アハハ、やっぱりそうなんだ」


 その『やっぱり』という意味は他人から見ても『やっぱり』なのだろうと思うし、確かにそういう雰囲気を優花は持っているということなのだろう。


「優花ちゃん、結構似合ってたんじゃない?」


「うん、まあね」


 それから続く僕と粕谷の会話を、長谷川綾は本当につまらなさそうに聞いていたのだった。

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