参佰弐拾質
病室の窓から見える夕陽は、上手にベッドを避けて照らしてくる。
今朝、遊園地に居たことが幻みたいだ。
おばけ屋敷で悠二くんをからかったことも、わたしの幻覚だったんじゃあないだろうか。
椎名の横顔が、青紫色に染まった雲の影に入る。
瞬間、彼の視線は病室の扉に向けられた。
少し前に、スーツのお兄さんが持つ携帯に連絡があった。
電話に応じるため、その人だけ病院を抜けたのだ。
戻ってきたその人はラフな格好のお兄さんに何か耳打ちすると、椎名に目配せをしてからこっちを見た。
涸沼さんの処分が決まったそうだ。
ナイフまで持っていて、その上傷つけた。
椎名みたいに注意と監視だけじゃあ済まないことは察しがつく。
でも一番の理由は、そこじゃあないらしい。
涸沼さんには、利用価値がないそうだ。
梓会にとって利益になるかどうか、判断を下すのは会長の玲二さんだけ。
椎名や睦美さんの時とも違う。
わたしも、今回ばかりは口を挟む気にはなれない。
玲二さんだって、涸沼さんのことで介入するのは許さないだろう。
例え、彼と共通の親しい誰かに頼まれたって、わたしは許せない。
許せるはずがない。
傷つけた涸沼さんも、余計な事態を招いた自分のことも。
大切なものを大事にできないのは、何だって許せないのだ。
無言で2人のお兄さんに頷いてみせると、椎名も「わかったよ」と続けた。
「僕も、それが正しいと思う」
彼のなかで、涸沼さんに対して何かしらの感情があるのだろう。
そう呟いたあと、椎名は自身の唇を噛んでいた。
沈黙が続いて、面会時間も残りわずかだと看護師から聞かされたあとだ。
椎名が「あ。」と声をもらした。
ベッドから離れているせいで見えないけれど、悠二くんが目を覚ましたらしい。
椎名の腕を借りて起き上がると、病人は壁際から離れようとしないわたしを見た。
「……姫ちゃん、何スか? その顔。──てか、めっちゃ遠いっスね」
ケラケラと笑う相手に、やっとの思いで曖昧な笑みだけ返す。
わたしは今、どんな顔をしているのだろう。
そんなにおかしな表情はしてないと思いたい。
だけど、こっちの思いを察した上で無視するみたいに、彼は一度複雑そうに顔を顰め、そして笑った。
「姫ちゃん。大丈夫っスよ。こんなの、名誉の負傷っス」
相手がそんなことを口にするなんて、思ってもみなかった。
どうして、そんなことを言えるのか。
すぐに「馬鹿!」と怒鳴りそうになったけれど、深呼吸してから脇に下ろした手に力を込める。
そんなに強く握っている感覚はないのに、指の関節が軋みだしているのは分かった。
「こんなのを名誉にしないでっ──」
よほど張り詰めているように見えたのか、悠二くんの表情から柔らかさが消えていく。
「──……死んでたかもしれないんだよっ、誇りになんてしないで! わたしは嫌だよっ。ちいさな怪我で済んでも、それが自分の代わりだったら嫌なんだよっ! 悠二くんがこんな状態になるなら、わたしが刺されたら良かった! わたしが前に出たら良かった! でも起こったことは変えられないからっ、……だから、お願い。せめて、そんな風には思わないでよ──っ。言わないでよ……っ!」
「ちょ、落ち着いてくださいっス。腹切られたのだってはじめてじゃあないし、死ぬような怪我でもないから……………姫ちゃん?」
一呼吸おいて、太陽の瞳がぐらぐらと揺れる。
ああ。本当に分からないんだ。
悠二くんには、分からないんだ。
「もう! 知らない!」
伝わらないもどかしさより、泣きたいほど悲しかった。
胸の奥から痛みが湧き出してくるほど、切なくて空しかった。




