参佰弐拾稑
待合室にある廊下側の窓から、手術中のランプが消えるのを見た。
椎名と2人で廊下に出ていると、しばらくしてVネックシャツの上に白衣を着た男性が、中から姿を見せる。
問題なく手術を終えたことと、当人が無茶しないとも限らないので絶対に入院させるという旨の説明を聞かされた。
後者に関しては、すでに梓先に話を通してあるとも。
病室は贅沢にも1人部屋で、これは玲二さんが用意してくれたそうだ。
病院の真っ白な廊下で、隣に並ぶ椎名の片足には包帯が巻かれている。
足首を固定しているから歩きづらそうだ。
本人は軽い捻挫なのにと文句を言っていたが、こういうのは病院側の言うことを聞いていたほうが良いに決まっている。
椎名が慎重に歩くよう見張る為そばに付き添っていたが、看護師から伝えられた番号の病室に行くと、悠二くんはもうそこにいて、真っ白なベッドの真っ白な上掛けのなかで眠っていた。
麻酔が効いているのだろうけれど、寝顔があまりにも安らかで嫌な想像をしてしまいそうになる。
本当はこのまま目を覚まさないんじゃあないだろうか。
見つめ続けても意味の無いように思え、わたしは病室の壁際に座り込んで膝に顔をうずめた。
ベッドのそばには、もう行かない。行けそうにない。
わたしと椎名、それから一緒に来ていたお兄さん2人も用事を終えると遅れて入ってきて、今この部屋にいるのは4人だ。
なのに、まるで音がない。誰も声を発しない。
話しちゃあいけない空気でもなくて、口は動かしているのに、言葉を紡いでいるのに、自分の耳にも人の耳にも音が届くことはないと理解している感じだ。
自分の体も、空気に溶けて消えてしまうかもしれない。
わたしにとって悠二くんは、太陽みたいな人だった。
笑うと、雨天が晴天に変わる。
人の心にぬくもりを宿す、そういう笑顔なのだ。
それは表情だけじゃあなくって、彼の瞳にも太陽があるからだと思う。
木陰に差し込む春の陽射しのように、優しい暖かさがある。
ひとつの身でふたつも太陽の要素を持っているなんて、色々と羨ましい人だ。
自分にないものを持っている相手だからこそ、大切で大事にしたいと思ったのだろうか。
……いや、自分が手にすることのないものを持つ人だったからこそ、好きになれたし友人になれたのかもしれない。
そういう相手が、今後も笑ってくれるかは分からない。
わたしが軽率だったせいだ。
もっと慎重に行動していたなら。
何もしなければ、悠二くんは怪我をせずに済んだはずなのに。
椎名はベッド脇に置いたパイプ椅子に座って、じっと悠二くんを見続けている。
たぶん、安心したいのだろう。
きっと、目を覚ますその一瞬を逃したくないのだろう。
固定したカメラのレンズをのぞき込むみたいに、視線を一カ所に集中させている。
そんな皮肉屋の友人も、待合室以降は一言も口を開いていない。
わたしが自分のせいだと思っているからか、相手が気を遣って黙っているようにも見える。
本当は椎名だって、自身の不安や葛藤を吐き出したいのを我慢しているかもしれない。
一年前の彼は、相手を追いかけてつけ回して、手当たり次第に策を講じて近付こうとするくらい真剣に悠二くんを探して、そのそばにいようとしたのだ。
珋二さんたちより旧い付き合いでもあるこの友人のほうが、わたしなんかより心配でたまらないに決まっている。
わたしが強ければ、大切な人の気持ちに寄り添えるほど強ければ。
はじめから、わたしがあんな衝動的な行動に出なければ。
考えれば考えるほど、後悔と自身への嫌悪が増していった。




