参佰拾質
妙に鬱屈した気持ちのまま、週明けの午後。
私は文さんと綾さんに会いにいった。
珋二さんとお付き合いする関係になったことを話すと、彼女たち──というか主に文さんは「そうか」と深く頷いたまま黙り込む。
そしてパッと顔を上げたかと思うと、また俯く。その繰り返しを見るのは、もう五回目だ。
今まで見たことがない彼女の反応に戸惑っていると、一緒に話を聞いていた綾さんが助け舟を出してくれた。
「文、ちゃんと言葉にしなさい」
「うむむ……。その、……なんだ。良かったな」
視線を逸らしつつ覇気のない様子で言われ、こちらまで気を落としてしまう。
文さんにとって、喜べるものでもなかったのかな…………。
自分のことすら中途半端に扱っているのに何をしているんだ、と呆れているのかもしれない。
次第に頭もさがりきり、顎先が鎖骨にくっついた。
そんなわたしを見かねてか、綾さんはもう一度念を押すように言う。
「その言葉で終わらせると勘違いを生むわよ。文」
「綾さん、いいの。……ごめんね。文さん」
おそるおそる窺うように視線だけあげると、文さんの目はしきりに泳ぐ。
「あ。ああ。ああ……違うんだ。私は嘘をつくことができない」
「知ってるよ」
「嬉しいんだ。……嬉しい。君がようやく、自分のことを考えられるようになったことが嬉しい」
もう彼女は、まっすぐわたしを見ている。
憂うような眼差しは消えて、いつもの──ううん、いつもよりもっとあたたかい表情だ。
文さんの胸に灯る確かな光が、わたしにも伝染するみたい。
そばにいた綾さんは、同じ顔をして可愛らしいわね、とくすくす笑う。
彼女たちの仄かな優しさが体に直接流れ込んできて、また顔を下に向けてしまった。
「文さんの言ったこととは違うの。わたしはずっと、自分のことしか考えてなかったよ。これまでだって、いつも自分勝手だった」
「そんな風に考えていたのか。君はとっくに両親の死を乗り越えて、そんなところまでいっていたのだな」
「それは……」
それは違う。文さんの言葉に、首を左右に振り二つの視線に気付いて黙る。
言ったら、2人を困らせるかも知れない。傷付けるかも知れない。
そう思うと、口には出せそうにない。
「姫花ちゃんも、ちゃんと言葉にしなさい」
文さんに向けた時とは違う優しい声で、綾さんは諭してくる。
「──わたしは両親の死を乗り越えたわけじゃあないよ。今でも戻ってきて欲しいと思うし………………会いたいよ。ずっとあの日のことを後悔しているし、あれさえなければ、あの犯人たちが別のバスに乗っていればなんて自分本位なことも考えてしまう」
戻らないし選び直せないから、よけいに望みを抱いてしまうのだろう。
遠慮がちに伸ばされる彼女たちの手は、わたしの笑みを前に留まった。
「────……でも、それとこれとは別の問題なの。犯人も憎いし自分のことも憎いけれど、両親のこととは別の話なんだよ。どうしようもなかったって嘆くことと、両親の死を悲しいって思うことは同じ場所からくるものなんかじゃあないの。一緒にはできないの」
ちゃんと笑えているだろうか。二人が安心できるような顔になっているだろうか。
まだ満足に出来ていない気がして、今度は意識して笑ってみる。
「だから、例え珋二さんから暖かい気持ちをもらっても、両親を失った悲しみがわたしの中から無くなることはないよ。だって、それとこれとは別なんだもん」
誰かを両親の代わりにしたいわけじゃあない。代わりにはならないと気付く機会はあったのに、ずっと目を逸らし続けていた。
だけど珋二さんがいるから、やっと、向き合うために自分の視線をそこへ促そうと思える。
だから叔父さんは。
珋二さんと話をした彼は、自分の妹とその夫から預かっていた手紙や形見を、彼らの娘に渡せたのだろう。
だから。
珋二さんと接してきたわたしは、自分のなかにある矛盾を許そうと少しだけ考え方を反らすことができたのだろう。
自分を責めるだけじゃあなくて、同時に認めることもできるように。
その日は結局、あとで襲来してきた学生たちの決壊したダムみたいな勢いに負けて、文さんも綾さんも他の場所へ移動してしまった。
日本を離れる準備は整っているらしいが、ふたりが大学を去る情報がどこかで洩れて拡がったみたい。
近寄りがたいと食堂で話したことのある人まで、その集団のなかに混ざっている。
意外だが、みんなも彼女たちと交流したかったのかもしれない。




