参佰拾肆
次の週のことだ。
事情をもう一度聞けるか試してみたくて、わたしは律組に行った。
けれど着いて早々、自室へ招いてくれた女科さんは首を横に振った。
睦実さんは、口を閉ざしているらしい。、
彼女が本当に何も話していないのだとしても、このままじゃあ知らないフリに戻ってしまう。
わたしはまた、そこにあると分かっているものに蓋をする。
知らないからって無いことにはならないのに、目を逸らすことばかり、しようと思えばできてしまうのが恐い。
睦実さんとわたしのあいだに起こったことも、彼女が梓先を出ることになった経緯も、律さんたちはぜんぶ知っている。
だけど、触れる会話ひとつ交わさない。これからもしないだろう。
わたし自身、そんなことも忘れていたくらい、彼らは込み入った話ほど無闇に口にしたりしないのだ。
でも今だけは、話題にもしてもらえないことにやきもきしていた。
俯き加減でいる女科さんの表情は苦々しさ半分、わたしのしつこさに対する呆れが半分といった感じだ。
「ええこと教えとくわ、お姫ちゃん」
「なんですか?」
「その子と向き合ってた男は、柳一の下についてるやつやで」
あの人の下ということは、珋二さんの下についているも同然だ。
でも敢えて個人の名前を出した彼女に、わたしは自分なりの答えを出して応じた。
「つまり、意地が悪いということですね」
「あっはっはっ! そやそや! ようわかってるやんか!」
柳一さんに対しても思っていることをそのまま伝えると、女科さんは紅をひいた口をひろげて大笑いする。
「──まあ、わざと言わせたんやろ。あの子もきっと、そのことに気付いてるんちゃうかな」
睦実さんも、ってどういうことだろう。
本人が甘んじたからって、向ける対象が違っていることを正さないままでもいいのだろうか。
わたしが首をかしげると、相手は人差し指の先をピッと真っ直ぐ天井に向ける。
「あんな。どんな風に物事を捉えてたってな、発散するもんは必要になってくるんや。物にせよ人にせよ、当たる対象ってのは常にそこにある」
「だからって、なんでそんなことを」
「まあ、誰かさんの代わりやろうな」
「代わり?」
「そや。誰かさんに向かんようにな。柳一にとって、あの子の感情を向けられたくない対象があったいうことやろ」
珋二さんが、だろうか。
もし、その対象がわたしだったなら、勘違いもいいところだ。
わたしも、柳一さんも。
「……女科さんの言いたいことはわかります。でも、故意に八つ当たりをさせるのはどうなんですか」
その方法が認められてしまったら、八つ当たりそのものに意味ができてしまうのではないか。
価値ができてしまうのではないか。
誰でもいいから憤りをぶつけたい、が上手な方法として成立してしまうのではないか。
わたしは頭が良いわけじゃあないから、ちゃんとした答えなんてわからない。
八つ当たりは、正しくなくてもしょうがないと思う。
だけど、当人の関係ないところで互いから意識を逸らさせる方法は変だ。
睦実さんがどれだけ優しくて、さっきの会話中も我慢して、それでも溜め込んだものが暴発したときにわたしがそばにいるならいい。
その事態を、他の人が避けようとするのは違和感がある。
それがいい、それでいいと考えているなら、とっても妙な話だった。
「本人を除け者にしてるだけで、当人同士の接触を減らしたって、芽生えた感情は消えませんよ。例え直接じゃあなくたって、互いの存在に向き合うしかないんだと思います」
「お姫ちゃん、あんた……」
女科さんは小さく何かを言いかけて、でも諦めるような息を吐くと最後には沈黙を選んだ。




