参佰拾参
一度、場が静まりかえる。
珋二さんに指示されて男の人が退室しようとするから、咄嗟に腕をつかんで引き留めた。
どうしてこんな状況になったのか。
何故、彼女はわたしじゃあなくて一緒にいた男の人に感情をぶつけたのか。
まずは男の人に、そう問い詰めた。
けれど相手は、詳しいことは何も教えられないと言って頭を下げる。
そんなことをされたら、これ以上は詰め寄ることもできない。
睦美さんも事情は話してくれず、「もう、いいのよ」と弱々しい笑みを浮かべるだけ。
この状況で、わたしが強引に割って入ることじゃあないのは分かった。
でも、何かしたい。
話は聞けなくても、彼女の今の環境を変えるくらいなら……。
そこまで考えて、ふと頭に浮かんだのは女科さんの家だった。
律組は、たくさんの女性が住み込みで働いている。といっても家の中の仕事か、書類整理だ。
律さんに任せたらロクなことにならないと、女科さんが役割を振っているらしい。
あの場所の女性は、人に危害を加えない限り基本的に自由だ。
女科さんが目を光らせているから、彼女たちは滅多に逆らわない。
女科さんが必ず矢面に立つから、彼女たちに変なにんげんは近づかない。
女科さんの規則を守ることで、女科さんに護られている。
少なくとも睦実さんにとって、梓先にいるより環境はマシに思えた。
さっそく連絡をすると、今すぐ連れてくるように返事があった。
事情を聞いて、そんな場所で寝たくもないやろ、と女科さんは珋二さんに伝えたそうだ。
さっそく律さんの家でもあるその場所へ向かい、わたしは女科さんに引き取られていくグロリオサのように綺麗な女性の手を握った。
「睦美さん、大好きだよ」
これだけは、ちゃんと言っておかなくちゃあいけない。
目を逸らさないわたしに、相手は笑みを浮かべる。
目尻が少し潤んでいるように見えたのは、敷地の門扉を照らす外灯が痛いほど明るいせいだろうか。
「あんたって子は……」
睦実さんはわずかに言い淀んで、少ししてから決心したように視線をぴったりと合わせてくる。
「……ねえ、あの人と出会えて良かった?」
──あの人──なんて抽象的だけれど、わたし達のあいだでは1人の人物しか思い当たらない。
彼女の想い人で、わたしはその交際相手だ。
「うん、良かったよ。良すぎるよ。それだけは言い切れる」
ごめんなさい。
言っても、届かなくても、わたしはこの言葉を絶やさない。
だけど抱いた罪悪感と同じくらい、彼女に対しては正直でありたいと思う。
わたしの答えに、睦実さんはストンと肩の力を抜いた。
それが落胆か安堵かなんて、どっちでもいいことだ。
いま目の前に居る彼女の笑顔が明るいものなら、理由はなんだっていい。
「そう。大切にしてもらっているのね」
夜のなか、淡い微笑みがわたしの視界を照らした。




