参佰拾
翌日は結局ショッピングモールへ行ったのだけれど、途中で連絡が入り珋二さんは律さんのところへ行ってしまう。
悠二くんに家まで送ってもらうことは変わらなかったが、おかげでその日はゆっくりと自分の時間を過ごせた。
映画の話は延期になったままだ。
どうやらすぐ改装に取り掛かったらしく、梓先家への出入りはしばらくお預け状態であった。
そして一週間後。
梓先家が解放されたため、わたしは朝から悠二くんに連れられて梓先家へ向かった。
母屋の廊下を抜けていくと、通り過ぎる部屋の一つに睦美さんの姿を見つける。
「睦美さん」
グロリオサの花みたいに鮮やかで、つい見惚れるほどに綺麗な彼女は、わたしの呼びかけに緩慢な動作で振り返った。
久しぶりね、と言うと相手は隣にいた人と言葉を交わし、こっちに向かってくる。
「用事の邪魔しちゃったかな……」
「別に。今日はどうしたの?」
彼女は腕を組み少し不機嫌そうだけれど、まっすぐわたしの目を見てくれる。
無視することだって、軽い挨拶だけで終わることだって出来たはずなのに、わざわざ手を止めて向かい合ってくれているのだ。
そんな相手の反応が嬉しくて、同じくらい彼女との出会い方をやり直したい衝動に駆られる。
珋二さんと出会う前に知り合いたかった。
でも彼と出会ったあとでなければ、睦実さんと知り合うことはなかったかもしれない。
気持ちはいつも複雑で、どっちの想いも引き摺ってしまう。
もっと上手に生きられたら良いのに……。
「珋二さんが、離れにシアタースペース? みたいなのを作ったから、映画の鑑賞会しようと思って」
睦実さんの立場は曖昧なところにあると聞いていた。
わたしも珋二さんも、それから梓先玲二も彼女のことは不問にしているから、目立った敵意はないらしい。
だけど事情は皆が知っているから、誰もがその扱い方に困惑しているのだと悠二くんは話していた。
今ここでも、梓先のにんげんしかいないわけで。
同じ用事に取り掛かっていた男の人が睦美さんに向ける視線は、すこし強ばっていて、まるで監視しているみたいだ。
目の前の相手がそれを気にしているのかは分からないけれど、彼女は納得を示すように頷いて微笑む。
「そう。最近来なかったのは、そういう理由なのね」
「睦実さんも来てくれる?」
「あたしは行かないわ。まだ用事も終わってないし、ね」
彼女が後ろへ視線をやると、ずっとわたし達に向けられていた男の人の視線と合致する。
ほんとうに監視しているみたいな、肌に張り付く不快な眼差しだ。
「そっか。じゃあ、また今度だね」
相手にとって息抜きになればとか、そこまで気を遣った考えはなくて、ただ一緒に過ごしたかった。
わたしと睦美さんで同じ映画を見て、どちらかの趣味に付き合って、付き合わせて。
でも彼女の立場を危うくしたいわけじゃあない。
手を振って一時的な別れを告げると、睦美さんも手を振って見送ってくれた。
離れていくごとに何故かその心まで遠ざかる気がして、わたしは思わず引き返す。
だけど部屋のなかに吸い込まれていく髪の毛先しか見つけられなくて、その場で立ち呆けることしかできなかった。
間際で聞こえたか細い声が体に突き刺さって、それがあまりにも痛くて、痛みが続いて。
────あんたは幸せそうで良いわね。
この言葉が今の彼女のすべてだ。
梓先の家にいる睦美さんは、少しも幸せじゃあない。
彼女はずっと幸せにはなれないんじゃあないかって気がして、それでも何も言えない自分が悔しい。
わたしは足音を立てないように、静かに離れへ向かった。




