参佰玖
『mild'S』の閉店を手伝ってから、珋二さんの運転する車で梓先家に向かった。
「ねえ、珋二さんの趣味って何?」
「お前」
街の灯りが照らす横顔に問うと、間もあけずに即答される。
「どういう意味よ」
「ほかに好きなもんは……別にないな」
少し考えるように途切れ、そして続けた声は、やっぱり他に言いようなんてないことを明確にしてくる。
そのことで何故かちょっとだけ、わたしの胸は締め付けられていた。
あまり言われ慣れてないことを耳にすると、どう応えていいか分からず、混乱して言葉が出なくなってしまう。
息を吸って、ゆっくり吐いてみる。
ようやく絞り出した反応は、質問をちょっと変えることくらいだった。
「えっと……息抜きとか、そっちの方向で」
「……思い付かねえな。お前は?」
「そっか……。あ、じゃあさ、映画とか観るのは? ずっと座ってるのはしんどいかな?」
「いや別に。好きでも嫌いでもねぇな。映画好きなのか?」
「あ、じゃあゲーム!? なんだか珋二さんがゲームしてるの想像つかないけれど」
「ゲームはしねぇな」
「そっか」
たった一言だ。その一言を口にし、言葉が次に続かなくて思わず沈黙を受け入れてしまう。
このままいつも通り家に行って、ご飯を食べて、それから悠二くんに家まで送ってもらうだけの土曜日になるのだろう。
今すぐ知ろうとしなくても良いんじゃあないだろうか。
そう思い始めた頭を横に振り、逃げ腰になった考えを払う。
「趣味の話がしたいの……!」
「だから無いって。お前はどうなんだよ、映画観るの好きなのか?」
「……え? うん。まあ、どちらかといえば好きかな」
ジャンルを広げるのは無理だけれど、という言葉は飲み込んだ。
わたしは苦手な映画の条件がある。
運転手や操縦士を脅して乗り物を乗っ取るような、事件解決ストーリーだ。。
それが含まれるアクションストーリーは、メイン視点がジャックされる側のみ避けている。
わたしはそれを、ジャックものとカテゴライズしているわけだけれど。
これら以外にも苦手なジャンルがもう一つ。
それは家族愛で紡がれるストーリーや、病気で大切な人を喪うストーリーも苦手だ。
どれもわたしの過去と繋がっている気がして、そんな身勝手な理由で避けている。
はじめのうちは克服するつもりで、映画館に入ったりもしていた。
だけど上映開始から五分と経たないうちに気分が悪くなり、劇場を必死に抜け出してトイレのなかでうずくまっていたことがある。
映画の予告や宣伝だけでも、どうやらダメらしい。
これからその内容が始まるんだという意識が、きっとそうさせるのだと思う。
ここまで面倒な女を相手に、さすがの珋二さんだって呆れて離れていってしまうかもしれない。
「なら、映画館にでも行くか」
「あ、ちょっと待って」
予定を決めようとした相手に、慌てて制止をかける。
劇場は、放映しているものが限られている。
今の社会の風潮的に、わたしの苦手なジャンルが派閥を効かせているのは間違いない。
まだ珋二さんに理由を話すのは恐いけれど、今だけは面倒な女だと思われないようにしたいのだ。
「映画のDVDを借りて、家で観るのは……ダメかな……?」
隣の人の顔をそっと窺ってみたけれど、外灯の暗がりに隠れて表情までは分からない。
でも何となく、怒ってもいないし不機嫌でもない気がする。
沈黙がずっと続くのは嫌で、わたしは比較的明るい声が出るように努めた。
「な、なーんてね! 観たい映画やってるなら行こうよ……!」
「いや、それでいい。でも直ぐには無理だぞ?」
「え? どうして?」
「映画見るなら、防音対策は必要だろ?」
「防音……なんで? まさか映画館に改築する気じゃあ…………」
「雰囲気だけでも劇場っぽくしたいだろ? 大音量のほうが迫力もあるしな」
「それは、まあそうだけれど……」
さっき言ったジャックもの以外だったら、事件解決ストーリーもアクションストーリーも観れないことはない。
音や演出の緻密さや迫力に負けて、わたしの過去もその間だけは形を潜めているから。
いやでも、ちょっと待って。ほんとにホームシアター作る気じゃあないでしょうね。
それはちょっと…………胸が高鳴っちゃうじゃん!
映画仕様という言葉に、わたしはときめきを覚えた。




