参佰捌
昨日の女科さんとの会話を思い出しながら、『mild'S』にきた珋二さんの横顔を眺める。
伯父さんと伯母さんへの挨拶を終えて、珋二さんはすっかり『mild'S』の一員のように入り浸るようになった。
お客としての体裁は取っているみたいだが、どうやらこの辺りの土地も梓先の不動産が管理しているらしい。
後学も兼ねて、新しくこの地域を担当することになったからと、休みの日以外は毎日顔を見せている。
まあ、わたしが毎日働いてるからだと言っていたけれど。
それなら休日は何をしているのかと言えば、土曜は朝から夕方まで働き通しのわたしを迎えに来て、そのまま珋二さんの家で夜ご飯をご馳走になる。
少しのあいだ2人きりで他愛ない話をしたあと、悠二くんに家まで送ってもらう。
日曜は午前だけアルバイトなので、昼ごはんも兼ねてショッピングモールに行き、そのまま靴だの服だの鞄だのとお店を連れ回されていた。
わたしは自分に関する物欲は少ない。
身綺麗にしていたいとは考えるけれど、着飾りたいとは思わない。
去年や一昨年に買った服を着回すし、靴も流行とは程遠いものを履くし、鞄は気に入ったものを何年も使う。
着心地、履き心地、使い心地が重視。それ以外の理由で買うことはない。
特に鞄なんて、書類ケースやファイルが入るような大きくてカッチリしたものと、何十年も前から同じ形で流行の前線を走り続ける、少しだけ背伸びをしたお洒落なものが1つずつあればいい。
ずっと交際相手にしか使い道を考えられなかったのに、今になって自分に使い道を増やすなんて難しい。
そうそう直ぐには切り替えられない。
自分にお金を使うのは、何故か後ろめたい気持ちになるのだ。
なのに珋二さんは、しきりに買えと勧めてくる。
わたしは必死になって拒むのだが、スイーツのお店で夢中になっているあいだに、勝手に買ってきてしまう。
それも全部、店頭に並んでいたものやマネキンが着ていたものに惹かれて、来月のお給料で買おうかと思案し通り過ぎた物だけ。
わたしがどんな服や靴に目を留めているのか、後ろから観察しているのかもしれない。
おかげでまだ2度しか出掛けてないというのに、わたしの部屋のクローゼットは悲惨な姿になっていた。
持っているものが少ないからと、整理することに頭を使ってこなかったツケだろうか。
袋に入ったまま放置された服は、崩れる余裕もないくらいに積み重なって壁を築いている。
邪魔になるしゴミにもなるからと、箱での持ち帰りを断った靴たちは、3つの袋に分けて玄関のそばに吊るしてある。
鞄に関しては、半分怒りながら拒んだ。
さすがに使い勝手とか、容量の都合もあるから鞄だけは自分で選ばせて、と。
自分で買わせてなんて言おうものなら、買ってやるから選べなんて言いそうだ。
でも選ばせてと強くお願いしても、なら選べと返事がくる。
呆れ半分、諦め半分といった感じで、今じゃあなくていいと涙ながらに訴えると、漸く財布から取り出した真っ黒なカードを引っ込めてくれる。
じゃあ欲しいもんあったら呼べよ。
なんでも買ってやる。
そう念を押されて、もちろん嬉しい。……嬉しいけれど、ここで甘えたら、なんだか物に釣られてる気がして落ち着かない。
もっと、2人で楽しめることにお金を使いたいな……。
家で映画見るのが好きなら、ホームシアターセットを揃えてもいいかもしれない。
1つの作品に何時間も没入するのは嫌いじゃあない。
ゲームは、わたしは凄く下手だから退屈な思いをさせちゃうかもしれない。
でもそれが彼の趣味なら、頑張って上手くなる。
そんなことを考えていて、ふと気付いた事実に愕然とした。
わたしは、彼の好きなものを何も知らない……。
好きなものに囲まれて、相手の好きなものを探そうとしなかった。
彼はわたしの好きを知っているのに、わたしは彼の好きを知らない。
与えられることを拒んでばかりの自分が、今は無性に恥ずかしかった。




