参佰質
想われて、想いを返す。
初めての付き合い方だから戸惑いはあるけれど、自分には不釣り合いだからと理由をつけてまで、手放す気は起こらなかった。
だけど相手はどうだろう?
珋二さんは、動揺して応えたわたしの言葉をどう受け取ったのだろう。
もしかすると不本意な交際だろうかなんて、気にしたりしているのかな?
「付き合うって言葉を口にしなくても、付き合ってることになりますかね……?」
「お互いに自覚があるなら、なくてもええんちゃうかな。言葉なんて。むしろ声という形にして、お姫ちゃんが気負わずにいる姿なんて想像つかんし」
「そうですね……」
それはわたしも思う。
たぶん言った言われたっていう関係になったら、今後しばらくのあいだは顔も見れないし触れない。
自然と寄り添う形になれるなら、それが一番良い関係性なのだろう。
でもこれまでの付き合いはすべて自分からで、相手を想い続けることだけしかしてこなかった。
向けられる想いに応えるなんて、わたしに出来るのだろうか。正直、不安だらけだ。
「複雑やわな。言葉がなくてもって気持ちと、言葉にしてほしいって気持ちは交わらんもんな」
「…………はい」
そうなんだ。普通の人は、そういうところで悩むのか……。
彼女の言うところがいまいちピンとこなくて、相槌のつもりで返事をした。
「そういうお姫ちゃんはどうなん? あいつのこと好きなん?」
「それは、まあ……」
想いに応えたいと考えているから、相手の望むとおりに行動するのだと思う。
付き合っているってことは、きっとわたしの中に似たような気持ちが存在するからだ。
でも女科さんはもっと違う言葉を思い浮かべていたのか、こちらの曖昧な声に眉を顰めた。
「なんや歯切れ悪いやんか。まさか、またあいつ無理に迫ったんちゃうやろな」
「いえ、それは無いです! むしろ、待たせまくりだし待つって言ってくれたし」
今にもこめかみに筋を立てて怒り出しそうな彼女に、慌てて首や手を横に振り否定する。
相手も本気ではなかったらしく、すう……と呼吸を整え、飛び出そうと立てた右膝をそっと畳に戻す。
綺麗に座り直した女科さんは、難しい顔をしながらも「確かにな……」と呟いた。
「まあ、そやな。あれでも、自分で言うたことは曲げん男やし」
「そうなんですよね……凄く良い人で」
彼は優しい。わたしもちょっと驚いたくらい、お人好しだと思う。
自分にはもったいないくらい、本当にいいひとだ。
「ふうん……?」
珋二さんのことを思い浮かべていたら、女科さんは何かを匂わせるような声をもらす。
「あんた、自分の気持ち、はっきりさせんまま受け入れたんちゃう? 本心では、あの男をどう思てるん?」
「どう、って……そりゃあ付き合ってますから」
「それ抜きでや。ほな、あんた付き合うんやめたら、どないすんのさ」
――相手への想いがなくなるんか?
そう聞かれて離れていく自分を、突き放した珋二さんを想像して、何かが違うとみぞおちのところが軋んだ。
わたしは彼のことを、素直に凄い人だと思っている。
お酒にのまれて足元もさだかじゃあない女に、彼は手を貸してくれた。
地面に座ってたし、酔いも回ってアルコールの匂いを放つにんげんを、自身の家で介抱してくれた。
そんな風に、誰かに手を差し伸べられる人を、わたしは他に知らない。
彼ら以外に、珋二さん以外に、わたしは知らない。
だから出会えて良かったと思ってる。繋がりができて良かったと思ってる。
この想いだけじゃあ足りないだろうか。
あの人たちと、そこから広がって知り合った女科さんたちとこれから関わっていきたいと思うのに、それだけではダメなのだろうか。
何かが欠けている。
彼女からそう言われている気がして、考えも至らず要領の悪い自分が無性に腹立たしかった。




