参佰伍
「あら、ゆっくりしていって〜」と嬉々とした表情でキッチンに立つ伯母さんには逆らえず、そのまま昼ごはんをいただいた。
だけど互いの近況を報告し合っているうちに、つい話し込んでしまったみたい。
気付くとリビングの南向きの窓には、水で薄めたような群青と重なる青紫の空が見える。
ほんの数分前、「夜ご飯も食べていくでしょ?」と準備を始める伯母さんの言葉に甘え、そのあいだ珋二さんを二階へ案内することになった。
大学に入る直前まで使っていた部屋は、当時のままわたしの自室として残されている。
勉強机に備わっている三連引き出しの一番下は、わたしの大切なものしか入れたことがない。
小学生でこの家に引き取られてからずっと、この場所は両親との思い出を閉じ込めておく容れ物だった。
だけどクリスマスに帰ってきた日。
伯父さんから両親の形見を受け取ってからは、この引き出しを開ける瞬間が少しだけ待ち遠しかった。
隣には珋二さんがいる。
今日だけは、中に触れるのを楽しみにしている自分に気付く。
伯父さん達から預かった大切なものは、このタイミングを待っていたのかもしれない。
そんな奇妙な感覚を抱いていることがおかしくて、わたしは小さく笑ってしまった。
隣で首をかしげる相手に何でもないと首を振り、引き出しの中に手を伸ばす。
中には両親の写真や母の持ち物だった手帳、それから父の日記がしまってある。
他のものはまた次の機会にと念じて、一番上に置かれた両親の手紙と形見の小さな箱に触れた。
**
すっかり夜も更けて、辺りは空気さえ静まり返っている。
「また来るよ」と小声で伝えると、伯母さんも「またね。気をつけて帰ってね」とひそひそ話をするように言った。
誰もが寝静まる時間帯だからなのか、車の中でも二人揃って無言が続く。
「例の事件だが…………遺族会できてんの知ってたか?」
最初に話し出した珋二さんの声は、思ったより小さい。
このまま聞こえないフリをしても、たぶん彼は何も言わないだろう。
でもその内容に、わたしが反応しないのは少し酷に思えた。
「……ううん。知らなかった」
「そうか」
彼はそれ以上、その話には触れなかった。
けれど珋二さんが知ってるということは、伯父さんが知らないはずがない。
だってあの時、伯父さんもそばにいた。
わたしの仮の保護者として。
その場にいて、警察関係者でもある彼が、遺族会の存在を知らないわけがない。
伯父さんは、内緒にしていたんだ。
それもたぶん、わたしを想って。
不器用だけど、優しい伯父さんのことだから。
わたしも、ちゃんと向き合わなくちゃあいけない。
分かっているのに、今はまだ……なんて思いが湧いてくる。
自分のことで精一杯だなんて、稚拙な言い訳をして避けたくなる。
受け止めて解していくことでしか、向き合える方法はないというのに。




