参佰肆
翌週の末。
わたしは実家──伯父夫婦の家を訪れた。
両親の形見と、それから手紙を受け取るのだと話すと、珋二さんも付いていくと言ってくれた。
彼は、わたしの両親が亡くなっていることは知っている。
たぶん、こっちから話すより前に、身辺調査みたいなもので知ったんだと思う。
けれど両親が遺してくれたものは知らないはず。
だってあれは、母親とその兄──伯父さんとの間で交わされたものだから。
柳一さんの運転で向かうと、一軒家の小さな門の前で伯母さんが出迎えてくれた。
「あら、更に可愛くなって〜! この人のおかげかしら、なんてね〜」
伯母さんの朗らかな笑顔は、人を安心させる。
でも珋二さんのことを指摘されて、わたしの気持ちはドキリとした。
報告するより前に、それらしいことを言われたから。
伯母さんは、勘の鋭い人だ。
高校生時代、落ち込んでいることを隠して帰宅した日。
学校の友だちも、毎日挨拶するご近所さんも誤魔化せた笑顔ひとつで、彼女はわたしの異変に気付いた。
ちょうど、はじめての恋人との不和に悩んでいた時だ。
伯母さんは「おかえり」と言って、話の続きのように「自分を追い詰めないでね」と口にした。
――いつか誰かに話せる瞬間が来るかもしれない。でもそれまでは、自分で自分を追い詰めるのだけはやめておきなさい。その方法がクセになると、あなたはあなたを好きじゃあなくなってしまうわ。
思えば、この言葉をわたしはその場だけで消費していた。
はじめての恋人と別れることはできても、そのあとに活かせなかった。
たった一度だけで分かった気になれるほど安い言葉じゃあないんだ。
もっと大切にしていきたい。
そんな伯母さんは隣で丁寧に挨拶をする珋二さんと言葉を交わすあいだ、わたしとの関係を彼から聞き出すことはしなかった。
というより、彼といるときのわたしの様子を気に掛けているみたい。
「もう一緒に住んでいるの?」
「わああああ! 伯母さん、な、何を聞いて……っ」
「あら、大事なことだわ」
突然のことに慌てて会話を遮ると、相手は平然とした顔で微笑む。
大事なことはもっと他にあるはずである。
だいたい訪れた目的とはかけ離れている……とも言えなくもないけれど、今日の用事はもっと別のことだ。
どんな関係性か気付いていて、うふふ、と笑ういたずらっぽい表情に和む気持ちを密かに抱いていると、玄関から伯父さんが顔を覗かせた。
「そんなところで話してないで、中に入れてやったらどうなんだ。弓子」
「ああ。それもそうだわ。突然だったから、あまり良いものは出してあげられないのだけれど……。私、今から買って来ようかしら」
「いいよ、いいよ」
両親のものを受け取りにきただけとは言っても、彼のことを紹介するつもりはある。
だけど客人をもてなすような対応よりは、いつもと同じ優しくてあたたかい家がいい。
珋二さんや、柳一さんに悠二くん。他にも色んな人と出会ったからこそ、より居心地がいい場所として二人がいる家を思い出せる。
外に出てきたその足で出掛けようとする伯母さんを止めていると、珋二さんは平然面で手に提げていたものを差し出した。
「お気持ちだけ頂きます。せめて今日だけは、こちらで用意したお菓子をぜひ」
「まあっ、美味しそうっ! それにスモアタルトだわ! 今日は洋菓子の気分だったのよ~。私の好みを把握しているのかしら、なんてね~」
伯母さんの言葉に珋二さんは「奇遇ですね」と応えているが、隣で聞いていたわたしは肝が冷える思いだった。
もしかすると彼女のことも調べているのかもしれない。それも生まれから。
リビングで伯父さんと伯母さん、わたしと珋二さんで向かい合っていると、まるで大事な報告にきたみたいに緊張してしまう。
「ところで、同棲しているのか」
「いいえ、それはまだ」
「そうか。この子が渋っているんだろう」
「伯父さん! やめてよ、お願いだからっ!」
ええ、そうなんです――と苦笑する珋二さんに咎める視線を送り、伯父さんにも焦って迫る。
二人揃ってその話を持ち出すなんて、気が早いと思う。婚前交際とは言っても、わたしの気持ちはまだ状況に追い付いていない。
相手の想いを自分のなかで上手に処理できずにいるのだ。
淡い黄色のマシュマロが乗った一口サイズのタルトを食べていた伯母さんは、それから「まあ照れているのね~」と紅茶を啜った。




