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ヤーさんのお姫様  作者: 不知火 初子
五章 ひとりでだって強くはなれるよ
302/643

参佰弐





珋二さんの父親──梓先(しざき)玲二(れいじ)から聞いた話には、少なからず影響を受けている。



彼の素性を暴いても、今までと変わらないと思っていた。


3歳。幼すぎる。


そんな時からずっと、母親がいない生活を送っていたなんて……。



自分には想像しきれない。


だからこそ、何も知らなかった頃と同じように接することはできない。



身の回りの忙しなさに隠されていたが、彼の境遇に何も感じないというのは無理だった。


どんな顔をして会えばいい?


珋二さんは、わたしのことを知って頭の隅に過ぎらせただろうか。


自身に母親がいないことを────。






夕方頃に小雨だった天気は、夜には本降りになっていた。


アルバイトを早く上がれることになり、迎えにきてくれた珋二さんとそのまま夜ご飯を食べに行った。




今日は、ただただ物凄く気まずい。



わたしは、彼にどう接すればいいのだろう?



レストランで目の前に座る相手は、今まで傷に障っても笑っていてくれたのだろうか?


そんな無理を強いてしまったのなら、むしろ関わらないことを選ぶべきだったんじゃあないか。




「ねえ、珋二さん。わたしに両親がいないことを知って、どう思った?」



思わず涙を堪えて顰めかけた顔を、俯いて誤魔化す。


こちらの問いに、彼は食事の手を止めただけで答えてはくれない。




「わたしと仲良くしてくれたのは、それが理由なの?」




今はその手元しか見ることができない。


どんな言葉を返してくるかよりも、こんな訊き方をする自分に幻滅した瞳と向き合うほうが、とても恐い。



頭上から放たれる淡い橙色の照明が、左右に揺れる彼の髪の影をテーブルに映す。




「違う……なんて言っても、嘘に聞こえちまうかな。俺も実際、そのへんのことは良く分かんねえし」




ううん。


そうだとも、そうじゃあないとも言い切られるより、よほど安心できる言葉だ。



ぜんぜん嘘には聞こえないよ。


そうは思えないよ、珋二さん。




彼は熱に魘され眠るあいだ、母親を呼んでいた。


わたしはそのことを単純に、この人は母親を求めてるんだと思っていた。


けれど勝手に傷だと、心に空いた寂しい穴だと考えていただけなのかもしれない。



目の前の珋二さんの声には、わたしに対する同情も、そして悲痛さも感じられなかった。




「そっか……」




安堵の息を漏らし顔をあげると、彼は眉を八の字にひそめている。




「幻滅したか? 嫌なら言ってくれ。本当に俺のことも、俺らのことも嫌なら」


「熱で弱気になってるの? そんなことないよ。もしそうなら──」




出会ったばかりの頃のような強引さは、もうずっと前から抜けている。


そんな相手に妙な心地を覚え笑ってから、これまでとは違って明瞭になった自分の心に気付く。




──そうだったら……何になるだろう?




もし、珋二さんがわたしに近付いた理由が、わたしの過去にあるとしたら?


彼の真意は聞けていないけれど、本当は自分の境遇と合わせて見ているかもしれないと言われたら?



わたしは、それでも珋二さんたちと関わりたいと思えただろうか?


知った上で、やっぱりなんて諦めて、彼らから離れようとしたのだろうか?





──違う。


わたしは、彼らと一緒にいたいだけだ。


少しずつでも近付きたいと思った。



だから、わたしはあの日、珋二さんに出来る限り話した。


自分が何をしたのか、両親のことも、自分のことも。


話したいと思ったから話した。


近くにいたいと思ったから、近付いた。



だったら、あとは伝えるだけだ。


言葉に出来る限りのことを。


言葉にし尽くせないことを。




「俺の熱は、もう治ってんだよ……」


「ふふ。そうだね」



照れたように後頭部を触る珋二さんは、ほんのちょっぴりだけれど幼く見えた。





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