参佰弐
珋二さんの父親──梓先玲二から聞いた話には、少なからず影響を受けている。
彼の素性を暴いても、今までと変わらないと思っていた。
3歳。幼すぎる。
そんな時からずっと、母親がいない生活を送っていたなんて……。
自分には想像しきれない。
だからこそ、何も知らなかった頃と同じように接することはできない。
身の回りの忙しなさに隠されていたが、彼の境遇に何も感じないというのは無理だった。
どんな顔をして会えばいい?
珋二さんは、わたしのことを知って頭の隅に過ぎらせただろうか。
自身に母親がいないことを────。
夕方頃に小雨だった天気は、夜には本降りになっていた。
アルバイトを早く上がれることになり、迎えにきてくれた珋二さんとそのまま夜ご飯を食べに行った。
今日は、ただただ物凄く気まずい。
わたしは、彼にどう接すればいいのだろう?
レストランで目の前に座る相手は、今まで傷に障っても笑っていてくれたのだろうか?
そんな無理を強いてしまったのなら、むしろ関わらないことを選ぶべきだったんじゃあないか。
「ねえ、珋二さん。わたしに両親がいないことを知って、どう思った?」
思わず涙を堪えて顰めかけた顔を、俯いて誤魔化す。
こちらの問いに、彼は食事の手を止めただけで答えてはくれない。
「わたしと仲良くしてくれたのは、それが理由なの?」
今はその手元しか見ることができない。
どんな言葉を返してくるかよりも、こんな訊き方をする自分に幻滅した瞳と向き合うほうが、とても恐い。
頭上から放たれる淡い橙色の照明が、左右に揺れる彼の髪の影をテーブルに映す。
「違う……なんて言っても、嘘に聞こえちまうかな。俺も実際、そのへんのことは良く分かんねえし」
ううん。
そうだとも、そうじゃあないとも言い切られるより、よほど安心できる言葉だ。
ぜんぜん嘘には聞こえないよ。
そうは思えないよ、珋二さん。
彼は熱に魘され眠るあいだ、母親を呼んでいた。
わたしはそのことを単純に、この人は母親を求めてるんだと思っていた。
けれど勝手に傷だと、心に空いた寂しい穴だと考えていただけなのかもしれない。
目の前の珋二さんの声には、わたしに対する同情も、そして悲痛さも感じられなかった。
「そっか……」
安堵の息を漏らし顔をあげると、彼は眉を八の字にひそめている。
「幻滅したか? 嫌なら言ってくれ。本当に俺のことも、俺らのことも嫌なら」
「熱で弱気になってるの? そんなことないよ。もしそうなら──」
出会ったばかりの頃のような強引さは、もうずっと前から抜けている。
そんな相手に妙な心地を覚え笑ってから、これまでとは違って明瞭になった自分の心に気付く。
──そうだったら……何になるだろう?
もし、珋二さんがわたしに近付いた理由が、わたしの過去にあるとしたら?
彼の真意は聞けていないけれど、本当は自分の境遇と合わせて見ているかもしれないと言われたら?
わたしは、それでも珋二さんたちと関わりたいと思えただろうか?
知った上で、やっぱりなんて諦めて、彼らから離れようとしたのだろうか?
──違う。
わたしは、彼らと一緒にいたいだけだ。
少しずつでも近付きたいと思った。
だから、わたしはあの日、珋二さんに出来る限り話した。
自分が何をしたのか、両親のことも、自分のことも。
話したいと思ったから話した。
近くにいたいと思ったから、近付いた。
だったら、あとは伝えるだけだ。
言葉に出来る限りのことを。
言葉にし尽くせないことを。
「俺の熱は、もう治ってんだよ……」
「ふふ。そうだね」
照れたように後頭部を触る珋二さんは、ほんのちょっぴりだけれど幼く見えた。




