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 だん。

 ごとごと。

 ばたん。

 どしどし。


 そんな音が、頭に響いた。

 暖かな毛布にくるまって、気持ちよく眠り込んでいたのに。横になった頭に、ベッドと枕を通して床の振動が伝わってきたのだ。暗闇の中、身を起こす。一体どこからの物音だろう。枕もとのデジタル時計を見たら、時刻は午後10時30分。

 

 ばさばさ。

 

 何かが床の上に落ちる音が聞こえた。この寝室ではない。

「にゃぁ」

 いつの間にか、膝の上に黒猫が乗っていた。こちらを見て小さな鳴き声を発する。

「ロ、ンド・・・」

 それが警告の合図だと、充分に理解できた。

 何しろ、その物音は、この2LDKの部屋から聞こえてきたのだから。


 寝室ではないのだ。

 けれども、扉を開けたリビングか、その向こうの和室から音が響いているように聞こえた。物が落ちた振動も、近くから伝わった。


「ああっ、くそ」

「いいから放っとけ! とにかく探せっ」


 話し声。

 それも、男2人の。


「・・・ぁ、・・・」

 この部屋には、鍵がかかっているはずなのに。

 誰かが侵入しているのだ。そして、何かを探し回っている。

「っ、や・・・」

 一気に血の気が引いた。

 何が目当てか分からないが、それはきっと金目のものであるはずだ。リビングと和室で収穫がなければ、彼らは絶対にこの寝室へとやって来る。

「・・・っ」

 本当に怖い時は、ドラマや映画のように、甲高い悲鳴など出てこないのだと初めて知った。目の前の味方を引き寄せて、とにかく落ち着けと、強張る体に必死で言い聞かせる。

 

 音を立てないように、ベッドから立ち上がって。

 そして、携帯を枕の横に置いてあった事を思い出した。それを掴んで110番を入力する。通話ボタンを押す前に、リビングを抜けて玄関から外へ出られる可能性を考えて、もう一度、扉の向こうの様子を伺う事にした。

 どしどしと重量のありそうな足音が響いて。

 そしてもうひとつ、軽めの足音も聞こえる。

 耳を澄ませば、どうやらリビングの向こうの和室からそれが聞こえてくるのだ。探し物に夢中らしく、まだ当分、そこでの作業は終わりそうにないように思えた。冷たい床の上にのせた右足首の横に、毛並みを逆立てた小さな彼女が並ぶ。

 その暖かさに勇気をもらって。ほんの少し、扉を開いてみる事にした。

少しだけ覗けば、自分の逃げ道も見えるのだから。



 ドアノブを手でしっかり握って、ほんの少し、細い隙間を作る。

 思った通り、和室から灯りがもれていて、そこにしか侵入者がいないのだと確信した。少しだけ、ほっとする。


「・・・あっ、ロンド!!」

 

 気を抜きすぎた。

 ドアノブを押さえていた手から力が抜けて、隙間を大きくしてしまった。

そこから黒猫が勢い良く飛び出す。思わず制止の声を上げてしまう。


「・・・誰だ!? うわっ」


 鋭い声。

 飛び出した彼女が一目散に和室へと走って行って、侵入者を驚かせた。


「っ動かないで!」

 呆然とした顔で、和室からリビングを覗く若い男に声をかける。

自分の存在が彼らに知られてしまった。無事に脱出する為に、必死でリビングへと進んだ。ソファをはさんで向かい合う。すると、こちらに向いていた男の後ろから、更に大柄な男が顔を出す。悪者を絵に描いたようなその風貌に、音にならない悲鳴が喉で鳴った。

「こ、このボタン、ひとつ押せば警察に通じるんだから」

 出てきた声は、この上なく弱々しかった。それでも黒猫の唸り声が、自分の背中を押してくれる。


「違う。待って。誤解だ」

 警察と言った瞬間、男の顔に焦りが浮かぶ。

 両手を上げて、彼はもう一度口を開く。後ろの男も状況を把握したのか、同じ様に両手を上げた。

「・・・僕らは(せい)の、藤原の同僚だよ。ここに入る許可も貰ってる」

「え・・・?」

「申し訳ありません。JNソフトウェアの梶井と申します。こちらは河野。実は明日の会議に必要な資料がお宅にあると伺ったのですが、彼は出張中でして、そこで私共が取りに来たのです」

 若い男の言葉を飲み込めない内に、低い声で大柄の男がすらすらと、体に似合わぬ丁寧さで説明を続ける。

「勝手に上がりこんでしまい、本当に申し訳ありません。誰もいないと聞いていたものですから・・・」


「あ、はい・・・すみません」

 間抜けな声が。本当に間抜けな声が出て。

「・・・あ、あの。確認の電話を」

 左手に掲げたままだった携帯を、そっと下ろす。通話ボタンにのせていた親指が、震えていた。足元に再びすりよる暖かさを感じる。

 部屋の持ち主の番号を出そうとするのに、かたかたと左手が震えて中々それが出来ず、情けなくてどうにかなりそうだった。

「・・・もしもし? ロンド、連れてってくれた?」

 永遠にも感じる数秒のコール音の後、明るい声が耳に伝わる。

「あの、今日、会社の人が家に来る予定?」

「ああ、予定っていうか、部屋に置いてた資料が急に必要になったって言うから、取ってもらうようには言っといたけど」

「・・・ばかぁ」

「は!? おい、どうした? 伊吹?」

 彼ののんびりした声にやるせなくなって、罵倒して通話を切った。目の前でこちらを伺う2人にも腹が立つ。

「・・・すみません。確認がとれました。あの、どうぞ続けて下さい」

 そう言うのが精一杯だった。

 足元のロンドを抱き上げて頭を下げる。


「いえいえ。では、申し訳ありませんが、もう少しだけお待ち下さい」

「はい、お願いします」


 梶井と名乗った男に返答して踵を返す。

 彼らが目に入らない台所へと避難した。


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