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「・・・あった!! これですよ!」
捜索開始から約10分、パソコン横の棚から、取引相手の会社名が書かれたCD-ROMを発見した。ものすごい安堵感と喜びが押し寄せる。
「念の為、ここで確かめていくぞ」
「はい」
梶井にそれを手渡して、この部屋の住人である同僚のデスクトップパソコンを、彼が起動するのを椅子の後ろから見守る。
「・・・おい。お前はあのお嬢さんに詫び入れて来い」
「はい。って僕ですか!? 梶井さんは・・・」
珍しく小声で言う彼に大人しく頷いてから、それが礼儀にあわないと思い抗議した。
「馬鹿やろう。俺が行ったら、余計ビビらすだろうが。何でもいいから、そのお前のいつもの笑顔で落ち着かせてこいよ。さっき、震えてたんだよ」
「あ・・・」
普段の調子で一言どやしてから、はっとした顔になって彼はぼそぼそと呟く。確かに彼を見れば、また彼女は怯えてしまうだろう。
携帯を手にした彼女の指が、痛々しいほど震えていたのは自分も目にしていた。ものすごく怖い思いをして、そしてその原因が自分達にあると充分に分かっているだけに、胸が痛む。
誤解が解けた後も、動転した様子で台所の方へ逃げるように行ってしまった。仲のいい同僚の彼女を驚かせてしまったのだ。
「じゃあ、行ってきます」
「おう」
小声で言って、梶井が右手を上げる。和室を後にした。
「・・・あの」
先程は消されていたリビングの蛍光灯が煌々と輝いていた。ついでに廊下や台所、玄関、目に入る所の灯りは全てつけられている。台所のシンクの前で立っていた彼女に声をかけると、その肩がびくりと震える。
すん、と鼻をすする音が聞こえた。
「・・・っ」
間違いなく、泣かせてしまったのだ。
胸が痛むどころか、それを聞いて体中を鋭利な刃物でえぐられた気がした。大きな罪悪感、そして後悔がのしかかる。
チャイムをひとつ押せば、それで良かったのに。
誰もいないと思っていたせいで、何度も上がりこんだ事のある同僚の部屋に遠慮なく合鍵で侵入した。強盗のように部屋を荒らした。
「・・・あ、コーヒー淹れるので。宜しかったら・・・」
消え入りそうな声でそう言って。
ぱちり、とコーヒーメーカーのスイッチを入れた彼女は足元の黒猫を抱き上げた。その腕が震えていた。
「ごめんね、怖かったよね。勝手に入って脅かして・・・本当にごめん」
うつむく彼女は明らかに涙目をしている。それを見てしまい、いたたまれなくなる。
「いえ、こっちも失礼な事、して・・・ごめんなさ、い」
どうして謝る事ができるのだろうか。
震えながらそう言う彼女は、下手をすれば自分の妹と変わらない年齢に見えた。ショートボブの髪の下から見える首があまりに細く見える。
リリリリ、と響く電子音に開きかけた口を閉じる。
ポケットから携帯を出して開くと、発信源はここの住人だった。
「もしもし!? お前、今さ。おれの家にいる?」
「ああ、うん」
通話ボタンを押すなり、焦ったような大声を出す同僚。先程彼女がかけた電話と、その言葉から。きっと大方の状況を把握したのだろう。
「んでさ、もしかして、伊吹いた?」
「ああ、悪い。それで、」
「っバカ! 何でチャイムくらい鳴らさないんだよ!? っていうか何もしてないだろうな?」
詳しく状況を説明しようとしたところで言葉を遮られる。彼の言う事は最もだった。
「ごめん。誰もいないって思い込んでて・・・」
「つーか、伊吹に替わってくれ」
彼からの電話だと漏れ聞こえた声で分かったのだろう。目の前の彼女が自分を見上げていた。相変わらずの涙目で。
「はい。惺から電話、替わって、って」
差し出した携帯を、おずおずと受け取る様子が可哀相で仕方なかった。
「・・・」
「伊吹!? お前、大丈夫か?」
「・・・うん」
「何でこんな時間までいたんだよ? 帰り危ないだろ」
「だって。汚かったから。お掃除してたら疲れちゃったんだも、ん」
「そっか。あのな、そこにいるのは会社の奴だからな? 大丈夫だから」
彼の大声が聞こえたのはそこまでだった。ぽつりぽつりと答える彼女に優しい口調に変わったのか、それきり何も聞こえない。
「・・・寝ちゃってて、起きたら、いたの・・・怖か、った・・・」
聞こえるのは、彼女の泣き出しそうな返答。
「う、ん。ううん、もう、帰る・・・うん」
小さくそう言って耳から離した携帯を、そっと渡してくる彼女。
「あー、もう。すげーびっくりした。何事かと・・・」
受け取ってそれを耳に当てる。息を吐いて、疲れたような声で彼はぼやく。
「本当ごめん」
「ったく。悪いけど伊吹送ってってくれると助かる。駅まででいいからさ。それでチャラにしてやるよ。ファイル見つかったんだろ?」
「ああ、今、梶井さんが確認してる。すぐ帰るよ」
「うっわ。あの人もいたんだ?・・・そりゃー、驚くよなぁ」
静かな声でそう言われると、またも罪悪感が湧き上がってくる。
「・・・申し訳ない。っていうか本当に駅まででいいのか?」
「あー、それはオッケ。車じゃ結構遠いし。地元駅についたら親が迎えに来るからさ」
「分かった。じゃあな。そっちも頑張れよ」
「おう。明日の打ち合わせよろしくな」
パチンと音を立てて携帯を閉じると。
うつむいている彼女が目に入る。肩に伸び上がった黒猫が、しっぽを大きく揺らした。
「あのね、伊吹ちゃん? 惺から言われたけど、駅まで送って行くから。今、見つけた書類を確認しているから、もう少しだけ待ってくれる?」
「いえ、いいです。歩いて行けますから」
首を振って断る彼女は、全身で自分を拒否していた。
「でももう遅いから。女の子一人じゃ危ないよ? それに僕らはどのみち駅の近くの会社に戻るんだ。だから遠慮しないで?」
「・・・でも」
「外は寒いし。脅かしちゃったから、これ位させてくれないと気が済まないんだ。お願いだから、送らせて」
困り顔の彼女を説き伏せる。
どうしよう、と問うように、腕の中の黒猫に目を合わせた彼女は、ついにこちらを見て頷いた。
「・・・お願いします」




