1
「ロンド、おいで。お腹すいたよね」
ドアを開けると、奥のリビングのソファからじっとこちらを見ている黒猫と目が合った。
靴を脱いで上がって、彼女に声をかける。可愛らしく一声鳴いて、素直に自分の足もとへとすりよって来た。
「・・・全く。汚いなぁ」
この部屋の住人が散らかして行った台所に入る。洗っていない食器、鍋、フライパン。三角コーナーから溢れそうな生ごみ。彼が今朝、慌ててここを出たのが手に取るように分かった。
急な出張の間、飼い猫の世話を頼む、と。
仕事が一区切りついた昼休み、そんな自分のタイミングを見計らったかのように、移動先から電話をかけてきた彼に苦笑して、快くその旨を引き受けたのはいいものの。
「なんか。色んなもの出しっぱなし」
合鍵を使って入った部屋は、荒れ放題。まるで自分が片付けるのを待っているみたいで、また苦笑がこぼれた。
「・・・仕方ないよね。忙しいもん」
くるくると足元を回る彼女に猫缶を開けてやって。一心不乱にそれを食べる姿を眺めながら話しかけると、彼女は同意するように、にゃぁ、と首を上げて鳴いた。
「・・・嘘だろ」
顔から血の気が引いていくのが自分でも良く分かった。冷や汗がにじむ。
「おいおいおい。お前、まさか」
隣のデスクから、いかつい顔が手元のモニターを覗きこむ。彼の表情が瞬時に険しくなって、それが余計に不安を煽った。
「ないなんて、言うなよ」
言ったらぶっとばす、そんな勢いで彼が低い声を出す。そんな顔を自分に向けないでくれと言いたかったが、冗談を言う余裕もなく、焦り声が飛び出した。
「・・・ない、みたいです」
「みたい、だぁ!? しっかり探しやがれ」
ドスのきいた返答が、静まりかえったオフィスに響いた。
夜9時を過ぎた今、このフロアにいるのは自分と彼だけ。
「いえ、ありません。探す所は全部探しました。わざわざ奴が分かりにくい所にファイルを置くとは思えない」
少し落ち着いて、まともな答えを返すことができた。
20分も前から、明日の会議で急に必要になった、同僚のパソコンにあると思っていたファイルを探しているのだが。どこにも見当たらなくて。
どやされて、ついに。ここにはそのファイルがないという結論を出す。
「藤原に電話してみます」
もう一度、彼の険しい顔を見ないように先回りして言ってから、携帯を手にする。
隣で黙って自分を見つめる先輩の視線が痛かった。




