第54話 アダム計画
世界を救う計画など、最初から存在しなかった。
あったのは、世界を未来へ繋ぐための選択だけ。
その選択を、人は後になって"計画"と呼ぶ。
【UNKNOWN CODE : ADAM】
その文字は、何度画面を更新しても消えなかった。
澪は震える指で端末を操作する。
データベース検索。
外部記録照合。
HYDRA計画アーカイブ。
すべて同じ結果だった。
――該当データなし。
「存在しない……?」
澪は眉をひそめる。
「こんなコード、どこにも登録されていない。」
その時だった。
少年が静かに首を振る。
「違う。」
「消されたんだ。」
悠真が少年を見る。
「誰に?」
少年は苦しそうに目を閉じた。
「……榊蒼一。」
記録庫の空気が止まる。
第一守護者でさえ微動だにしない。
「蒼一が?」
「どうして。」
少年はゆっくりと歩き始める。
壊れ始めたオリジン・セルの欠片へ近付き、そっと手を添えた。
「HYDRA計画は、人類を生かすための計画だった。」
「でも、その前に存在した計画がある。」
「誰にも知られてはいけなかった計画。」
「それが――」
少年は悠真を見つめる。
「アダム計画。」
その名を口にした瞬間。
記録庫全体へ白い光が走った。
結晶が一斉に共鳴する。
すると、一つの映像が自動的に再生された。
榊蒼一が映っている。
今より若い。
まだ白髪も少ない。
その目には強い意志が宿っていた。
『記録番号、A-000。』
『閲覧権限、アダムコード保有者限定。』
蒼一は静かに深呼吸する。
『もしこの記録を見ているなら、計画は失敗した。』
『あるいは――』
『成功し過ぎたのかもしれない。』
悠真は思わず息を止めた。
『HYDRAは、人類を進化させる計画ではない。』
『黒海を生み出す計画でもない。』
『HYDRAとは、時間を稼ぐための檻だ。』
映像の背後には巨大なガラス窓があった。
その向こう側には、一面の黒い海。
しかし、その海には無数の巨大な"影"が漂っている。
魚ではない。
人でもない。
あまりにも巨大で、形さえ認識できなかった。
『本当の敵は、海ではない。』
『海の向こう側にいる。』
その言葉と同時に映像が乱れる。
ノイズ。
激しい警報音。
誰かの叫び声。
『侵入確認!』
『境界が破られます!』
『アダムを逃がせ!』
蒼一は振り返る。
その表情には初めて恐怖が浮かんでいた。
『頼む……。』
『今度こそ、人類を終わらせるな。』
映像はそこで途切れた。
長い沈黙。
誰も言葉を発せない。
澪はゆっくりと呟いた。
「海の向こう側……。」
「黒海より外に、何かがいるっていうの?」
少年は静かに頷く。
「だから、この街は造られた。」
「だから守護者は戦い続けてきた。」
「そして……。」
少年は悠真へ歩み寄る。
「だから君は、生まれた。」
その瞬間。
黒い球体の亀裂が大きく広がる。
パキィィン――
砕け散る音と共に、一本の腕ではなく、一人の人影がゆっくりと姿を現し始めた。
その姿を見た悠真は、思わず息を呑む。
「……俺?」
そこに立っていたのは。
悠真と、まったく同じ顔をした青年だった。
第54話をお読みいただき、ありがとうございました。
ついに語られた「アダム計画」。
しかし、それはHYDRA計画よりもさらに古く、さらに巨大な秘密へと繋がっていました。
そして最後に現れた、悠真と同じ顔を持つ青年。
彼は敵なのか、それとも失われた過去なのか。
次回、物語は大きく動き始めます。
引き続き『HYDRA CHRYSALIS ―REBIRTH―』をよろしくお願いいたします。




