第42話 観測者たちの街
深海には、光は届かない。
それでも――
誰かが灯し続ける光がある。
それを見た者は、もう後戻りできない。
光が、瞬いた。
一つではない。
無数の光柱が、まるで呼吸をするように明滅を繰り返している。
「……動いてる。」
澪の声は震えていた。
都市ではない。
生きている。
そう思わせるほど、その光景には規則性があった。
悠真は慎重に一歩前へ踏み出す。
その瞬間。
ピッ――
スーツ内部の警告音が鳴り響いた。
「深海粒子濃度、急上昇!」
計器の数値が一気に跳ね上がる。
これまで記録したことのない領域。
限界値を超えてなお、針は止まらない。
「そんな……あり得ない。」
澪は必死に端末を操作する。
しかし表示される文字列は次々と乱れ、やがて一行だけが残った。
【観測されています】
「……観測?」
悠真が眉をひそめる。
次の瞬間だった。
都市の光が、一斉に消えた。
闇。
完全な闇。
何も見えない。
いや――。
見えている。
暗闇の中で、無数の輪郭だけが浮かび上がっていた。
人影。
数え切れないほどの人影が、街路に静かに立っている。
誰一人、動かない。
誰一人、声を発しない。
ただ、こちらを見ている。
「……悠真。」
澪が小さく袖を掴む。
「あれ……全員……。」
悠真も気付いていた。
全て同じ姿だった。
割れたヘルメット。
裂けた潜航服。
胸には、かつて存在した海洋調査機関のエンブレム。
数十年前に消息を絶ったはずの調査隊。
その装備と一致していた。
「そんな……。」
記録では全員死亡。
遺体も発見されなかった。
なのに。
彼らは街に立っている。
いや。
立たされている。
その時。
最前列にいた一人が、ゆっくりと腕を上げた。
誘うように。
歓迎するように。
あるいは――
逃げろ、と告げるように。
判別できない。
しかし、その腕が止まった瞬間。
都市全体が低く唸った。
ゴォォォ……
海底そのものが鳴いている。
そして悠真の脳裏に、またあの声が響く。
『境界へ来たか。』
今まで聞こえていた声とは違う。
古い。
深い。
そして圧倒的な意思を持った声。
悠真は息を呑む。
その言葉が、自分へ向けられたものだと理解してしまったからだ。
第42話を読んでいただき、ありがとうございました。
黒海裂界の奥で悠真たちが目にした「街」。
それは遺跡なのか、それとも生きた存在なのか。
物語はここから、さらに深い謎へと踏み込んでいきます。
次回もぜひお付き合いください。




