第38話 鎖の記憶
世界は、
歴史を語る。
だが、
歴史はすべてを語らない。
海だけが知っている記憶は、
今も深海の底で眠り続けている。
HYDRA CHRYSALIS
REBIRTH
第3章 黒海裂界
第38話 鎖の記憶
パキン。
黒い鎖が、
また一本砕けた。
その乾いた音は、
港だけではなかった。
世界中の海へ響いていた。
日本。
北極海。
大西洋。
南極海。
世界各地のNEREID観測基地で、
同時に警報が鳴り響く。
「全海域で異常振動!」
「深海粒子濃度が急上昇!」
「海底地形が変化しています!」
誰にも理由は分からない。
だが一つだけ、
全ての観測員が共通して報告した。
『海が泣いています』
――その不可解な一文だけだった。
◇
港では、
誰一人として動けなかった。
裂界から伸びる黒い鎖。
その一本一本が、
山脈ほどの大きさを持っている。
玲司は空を見上げた。
「何を……
封じてるんだ……。」
男は答えない。
ただ鎖を見つめ、
静かに目を閉じた。
まるで、
遠い昔を思い出すように。
その時だった。
玲司の胸が熱くなる。
「っ……!」
原初因子が暴走する。
視界が白く染まる。
◇
海だった。
静かな海。
空は蒼く、
波は穏やかだった。
終焉戦争より、
ずっと昔。
誰も争っていない世界。
一人の青年が、
海辺に立っていた。
黒髪。
穏やかな横顔。
玲司は息を呑む。
「榊……。」
違う。
まだ若い。
戦う前の榊悠真だった。
その隣には、
白衣姿の女性。
水城澪。
「綺麗ね。」
澪が笑う。
榊も微笑む。
「海は、
昔から好きなんだ。」
「なんで?」
「全部受け止めてくれる気がする。」
風が吹く。
波が足元を濡らす。
二人は、
しばらく黙って海を見つめていた。
その穏やかな時間を――
突然。
空が裂けた。
ゴォォォォォ……
黒い亀裂。
今の黒海裂界より、
さらに巨大な裂け目。
海が一瞬で静まり返る。
榊の表情が変わる。
「……来た。」
澪が震える。
「まだ早すぎる……。」
裂界の奥から、
何かがこちらを見ていた。
姿は見えない。
ただ。
"見られている"
その感覚だけが、
全身を支配する。
その瞬間。
海面から、
無数の黒い鎖が飛び出した。
轟音。
世界中の海から現れる鎖。
一本。
また一本。
まるで裂界を縛るように、
空へ巻き付いていく。
澪が驚愕する。
「誰がこんなものを……!」
榊は静かに呟いた。
「違う。」
「誰かじゃない。」
「あれは……」
言葉を続けようとした瞬間。
映像が激しく乱れた。
◇
玲司は現実へ引き戻される。
「はぁ……はぁ……!」
汗が止まらない。
EVEが駆け寄る。
「何を見ました?」
玲司は震える声で答えた。
「榊の記憶だ……。」
「でも、
最後だけ見えなかった。」
男が初めて玲司を見る。
その瞳には、
ほんの僅かな驚きが宿っていた。
「そこまで見えたか。」
玲司は男を睨む。
「お前……
何を知ってる。」
男は静かに笑う。
「知っているさ。」
「その鎖を作った者を。」
港の空気が凍り付く。
EVEが息を呑む。
白い女性も目を見開いた。
玲司が一歩踏み出す。
「誰なんだ。」
男はゆっくり口を開く。
「その答えは――」
言葉は最後まで続かなかった。
黒海裂界の奥から。
今までとは比べ物にならないほど巨大な鼓動が響く。
ドクン――。
その一撃だけで。
世界中の海面が、
一斉に数メートル跳ね上がった。
そして。
黒い鎖が、
二本同時に砕け散る。
―――続く
第38話を読んでいただき、ありがとうございました。
今回は、玲司が榊悠真の「終焉戦争以前」の記憶へ初めて触れました。
穏やかな日常と、突如訪れた世界の終わり。
その対比が、榊悠真という人物の原点でもあります。
そして、裂界を封じる黒い鎖。
それは誰が作ったのか。
なぜ世界中の海と繋がっているのか。
この謎が、第3章「黒海裂界」の大きな鍵となります。
次回もぜひお楽しみください。




