第34話 沈黙の守護者
恐怖とは、
姿を見た瞬間に生まれるものではない。
本当に恐ろしいのは、
圧倒的な存在が何もしないことだ。
その沈黙には、
人類には理解できない意志が宿っている。
HYDRA CHRYSALIS
REBIRTH
第34話 沈黙の守護者
世界が静まり返っていた。
誰も動かない。
港を埋め尽くすNEREID隊員。
上空を旋回する戦闘機。
岸壁へ集まる蒼泡。
その全てが、
巨大な存在を見上げていた。
海面から突き出た巨大な腕。
その掌に無数の瞳を持つ、
母体由来生命体。
攻撃してこない。
ただ。
玲司を見つめ続けていた。
玲司は喉を鳴らす。
「……何なんだ、お前は。」
返事はない。
しかし。
頭の奥へ、
静かな波の音が流れ込んできた。
ザァ……
ザァ……
懐かしい海辺の音。
幼い頃、
父と訪れた海岸。
夕焼け。
潮の香り。
笑い声。
玲司は思わず目を閉じる。
その記憶は、
自分のものではなかった。
榊悠真。
彼が見た景色だった。
「また……記憶が。」
胸の原初因子が淡く輝く。
巨大な守護者も、
その光に呼応するように脈動した。
ドクン。
海が揺れる。
だが、
不思議と恐怖はなかった。
その鼓動には、
敵意が感じられなかったからだ。
EVEが静かに呟く。
「交信している……。」
「え?」
「玲司と、
あの守護者が。」
その時、
司令部から怒号が飛ぶ。
『攻撃許可を申請!』
『対象は危険度S級!』
『これ以上接近させるな!』
大型レールキャノンが展開される。
港の奥。
巨大な砲身がゆっくりと持ち上がる。
玲司の顔色が変わる。
「やめろ!」
通信へ叫ぶ。
しかし命令は止まらない。
『発射まで五秒。』
『四。』
『三。』
巨大な守護者は動かない。
逃げない。
構えない。
ただ玲司だけを見つめていた。
『二。』
玲司は走り出す。
「撃つなぁぁぁ!!」
『一。』
閃光。
轟音。
超高圧深海粒子砲が放たれた。
蒼い光が空を裂く。
誰もが直撃を確信した。
しかし。
守護者の前へ、
白い女性が静かに立つ。
彼女は片手を上げた。
「帰りなさい。」
その一言だけだった。
次の瞬間。
砲撃が止まる。
いや。
止められた。
空中で静止した深海粒子が、
まるで時間を失ったように輝いている。
隊員達が息を呑む。
「そんな……。」
白い女性は、
その光へ優しく触れた。
粒子は弾けることなく、
無数の青い蝶となって海へ舞い戻っていく。
誰一人、
その光景から目を離せなかった。
玲司は確信する。
「この人は……。」
兵器ではない。
怪物でもない。
海を守る者だ。
その時だった。
黒海裂界の空が、
再び軋む。
ギィ……
まるで世界そのものが悲鳴を上げるような音。
空間に黒い亀裂が一本走る。
その亀裂は、
以前よりも遥かに大きい。
港の上空を覆い尽くすほどだった。
EVEが震える声で言う。
「裂界が……拡大している。」
玲司が空を見上げる。
亀裂の奥は、
何も見えない。
闇ですらない。
「無」。
それだけが広がっていた。
そして。
その無の中から、
ゆっくりと一本の指が現れる。
人間の指に似ている。
だが、
山脈ほど巨大だった。
世界へ触れようとするその指を見た瞬間、
母体由来生命体が初めて咆哮を上げる。
ゴォォォォォォォッ!!
海が激しく荒れ狂う。
蒼泡達は一斉に玲司の足元へ集まり、
怯えるように震え始めた。
白い女性も空を見上げる。
その瞳には、
これまで見せたことのない焦りが宿っていた。
「もう時間がない……。」
玲司は彼女を見る。
「時間って、何のことだ!」
彼女は答えなかった。
ただ、
悲しそうに微笑む。
そして静かに呟いた。
「継承者。」
「次は……あなたが選ぶ番です。」
その言葉と同時に、
黒海裂界の亀裂がさらに大きく広がった。
―――続く
第34話を読んでいただき、ありがとうございました。
今回は「戦わない恐怖」をテーマに描きました。
敵だと思っていた存在が敵ではなく、
本当に危険なものは、まだ世界の外側にいる。
REBIRTH編はここから大きく動き始めます。
次回は、玲司が初めて「継承者」として、自ら選択を迫られる重要なエピソードとなります。




