第33話 海底より来たる者
深海には、
光は届かない。
だが。
光がないからこそ、
見えてしまうものがある。
人類は、
まだ海の底を知らない。
HYDRA CHRYSALIS
REBIRTH
第33話 海底より来たる者
――ドクン。
港全体が震えた。
地震ではない。
海そのものが脈打っている。
沖合の海面が、
ゆっくりと持ち上がる。
波ではない。
山でもない。
巨大な何かが、
海底から浮上していた。
誰も声を出せない。
NEREID司令部も沈黙した。
モニターに表示された数値が、
次々と赤く染まる。
『深海粒子濃度、測定不能。』
『重力異常発生。』
『海流反転。』
『周辺海域、航行不能。』
観測員が震える声を漏らす。
「こんな反応……
終焉戦争の記録にもありません……!」
玲司は海を見つめた。
視界の先で、
海水が左右へ割れていく。
まるで、
見えない壁が海を押し広げているようだった。
その裂け目の奥。
暗闇。
いや。
影。
巨大すぎて、
脳が形を認識できない。
玲司の胸が締め付けられる。
「これが……
母体なのか……?」
EVEは静かに首を振った。
「違う。」
「母体ではない。」
玲司が振り返る。
「え……?」
EVEは海を見つめたまま、
小さく呟く。
「あれは……」
「母体から生まれた生命。」
その瞬間。
海面を突き破り、
一本の巨大な腕が現れた。
腕。
そう見えた。
しかし表面は、
珊瑚や貝殻、
発光する深海植物に覆われている。
皮膚ではない。
海そのものだった。
腕はゆっくり空へ伸びる。
港の高層ビルより高い。
百メートル。
二百メートル。
まだ伸びる。
隊員達は言葉を失った。
「……でかすぎる。」
腕の先端が開く。
五本の指。
その掌には、
無数の青い瞳が並んでいた。
玲司は寒気を覚える。
その瞳は、
全て玲司だけを見ていた。
「見られてる……。」
頭の中へ、
直接声が響く。
『……継承。』
低く。
遠く。
まるで海溝の底から響く声。
『……還ル。』
玲司は耳を押さえる。
「くっ……!」
その声を聞いた蒼泡達が、
一斉に震え始めた。
恐怖。
悲しみ。
怯えるように、
玲司の足元へ集まってくる。
白い女性は、
静かに目を閉じた。
「やはり……。」
玲司が叫ぶ。
「知ってるのか!」
彼女は答えた。
「あれは……」
「海底の番人。」
「母体が産み落とした最初の守護者。」
「名を……」
彼女が言い終わる前に。
巨大な腕が海面を叩いた。
轟音。
いや。
世界そのものが揺れた。
衝撃波が港へ迫る。
コンテナが吹き飛び、
ビルの窓ガラスが一斉に砕け散る。
玲司はEVEを庇う。
「伏せろ!」
水の壁が展開される。
未完成の星海翼が、
無意識に玲司の背中へ浮かび上がった。
蒼い粒子が舞う。
その瞬間だった。
巨大な腕が止まる。
無数の瞳が、
玲司の翼を見つめていた。
沈黙。
海風だけが吹く。
そして。
その巨大な存在は、
ゆっくりと頭を垂れた。
まるで。
王へ敬意を示すように。
NEREID司令部が騒然となる。
「あり得ない!」
「攻撃意思を喪失!」
「対象が継承者へ反応しています!」
玲司自身も理解できなかった。
なぜ。
怪物が。
自分へ頭を下げるのか。
しかし次の瞬間。
黒海裂界の方向から、
空が裂けた。
漆黒の稲妻。
蒼い雷。
そして。
世界中の海が、
一斉に鳴いた。
その音は、
これまでとは違っていた。
悲鳴だった。
EVEが顔色を変える。
「駄目……。」
「来る……!」
玲司が空を見上げる。
裂けた空の向こう。
巨大な"何か"が、
こちらを覗いていた。
それは目ではない。
口でもない。
存在そのものが、
世界を見下ろしていた。
終焉戦争で、
榊悠真が最後に対峙した存在。
外宇宙捕食者の残滓。
それが再び、
世界へ手を伸ばそうとしていた。
―――続く
第33話を読んでいただき、ありがとうございました。
今回は母体そのものではなく、
「母体由来生命体」の一体が姿を現しました。
同時に、玲司の未完成の星海翼へ反応する描写も入り、
継承者としての意味が少しずつ見え始めています。
次回からは、REBIRTH編前半最大の事件へ突入します。
これまで散りばめてきた伏線が、
少しずつ一本の線として繋がり始めます。




