第30話 蒼泡
禁忌兵器は、
最初から恐ろしい姿をしているとは限らない。
人は。
「可愛い」
「弱そう」
そう思った瞬間に油断する。
終焉戦争では、
その一瞬が何百万人もの命を奪った。
HYDRA CHRYSALIS
REBIRTH
第30話 蒼泡
ぽよん。
蒼泡は玲司へ飛び込んだ。
反射的に玲司は腕を前へ出す。
「待て!」
その瞬間だった。
胸の奥に眠る原初因子が強く脈動する。
蒼い粒子が玲司の身体を包み込んだ。
蒼泡は玲司の目の前で止まる。
空中に浮かんだまま、
小さく身体を揺らしている。
まるで。
目の前の存在を観察しているようだった。
「……止まった?」
NEREID隊員の一人が呟く。
誰も動けない。
蒼泡は終焉戦争で研究都市を一つ消滅させた禁忌兵器。
本来なら接近した時点で蒸発現象を起こし、
周囲一帯を存在崩壊へ巻き込む。
だが。
何も起きない。
蒼泡は玲司の周囲を、
くるくると飛び回り始めた。
ぽよん。
ぽよん。
時折、
玲司の肩へ乗る。
また跳ねる。
その姿だけ見れば、
小動物そのものだった。
玲司は恐る恐る手を差し出す。
「……お前」
蒼泡はゆっくり近づく。
指先へ身体を擦り寄せた。
冷たい。
だが不思議と嫌な冷たさではない。
その瞬間。
玲司の脳裏へ映像が流れ込む。
暗い研究施設。
警報。
逃げ惑う研究員。
「封鎖しろ!」
「間に合わない!」
「増殖速度が速すぎる!」
床を埋め尽くす無数の蒼泡。
笑うように跳ねながら、
施設中へ広がっていく。
次の瞬間。
一匹が静かに消えた。
爆発ではない。
音もない。
ただ。
空間だけが白く歪んだ。
研究員の身体が溶ける。
悲鳴を上げる暇もない。
壁も。
床も。
鉄骨も。
全てが海水のように崩れていく。
映像はそこで途切れた。
「っ!」
玲司は膝をつく。
額から汗が流れる。
EVEが支える。
「記憶共有……?」
玲司は息を整える。
「こいつが見てきた記憶だ……」
蒼泡は玲司の足元で、
静かに丸くなっていた。
まるで叱られた子供のように。
その姿を見て、
NEREID隊員の一人が小さく笑う。
「なんだよ……」
「意外と可愛いじゃないか。」
一歩。
蒼泡へ近付く。
EVEが叫ぶ。
「近付くな!」
しかし遅かった。
隊員の無線機から、
電子音が鳴る。
ピッ……
ピッ……
蒼泡が反応した。
身体が震える。
ぽよん。
ぽよん。
跳ねる速度が速くなる。
玲司の表情が変わった。
「まずい!」
蒼泡は音へ反応する。
終焉戦争時の記録を思い出した。
「無線を捨てろ!」
隊員は混乱する。
「え?」
次の瞬間。
蒼泡が飛んだ。
一直線。
無線機へ。
玲司は咄嗟に飛び込む。
隊員を突き飛ばした。
同時に。
蒼泡が無線機へ触れる。
ふっ……
蒼泡の身体が霧のように消えた。
静寂。
誰も動かない。
次の瞬間。
無線機が消えた。
爆発ではない。
跡形もなく。
存在そのものが。
そして。
無線機の下にあったコンクリートも。
直径二メートルほど、
綺麗に消失していた。
その穴の底には海水が満ち始めている。
隊員は震えていた。
あと数秒遅ければ。
自分が消えていた。
玲司は息を吐く。
「これが……」
終焉戦争の禁忌兵器。
可愛い姿。
無邪気な動き。
だが。
一歩間違えれば、
都市一つを消し去る。
その時だった。
EVEが海を見つめた。
「玲司。」
「どうした?」
EVEは港の沖を指差す。
水平線。
そこに。
一匹。
また一匹。
さらに一匹。
蒼白い小さな影が、
波間を跳ねている。
ぽよん。
ぽよん。
ぽよん。
数は増えていく。
十匹。
五十匹。
百匹。
やがて。
海面全体が、
無数の蒼泡で埋め尽くされ始めた。
NEREID司令部から悲鳴にも似た通信が入る。
『全世界の沿岸部で同時反応を確認!』
『蒼泡が各地で出現しています!』
『数が……増え続けています!!』
玲司は海を見つめる。
その奥。
遥か彼方の深海で。
巨大な何かの心音が響いた。
ドクン。
ドクン。
ドクン。
母体だ。
いや。
違う。
母体よりもさらに深く。
さらに古い場所から聞こえる鼓動だった。
―――続く
第30話でした。
今回は流体崩壊兵器「蒼泡」の恐ろしさを描きました。
見た目は愛らしい。
しかし、その本質は終焉戦争で都市を消滅させた禁忌兵器です。
そして物語は新たな局面へ。
世界各地で同時発生した蒼泡。
これは偶然ではありません。
次回から、この事件の背後で動く存在と、母体生命体との繋がりが少しずつ明らかになっていきます。




