第26話 残響と観測者
榊悠真は死んだ。
世界はそう記録している。
だが。
海は違った。
記録は消えても、
想いは消えない。
願いも。
孤独も。
そして。
誰かを守りたいという気持ちも。
HYDRA CHRYSALIS
REBIRTH
第26話 残響と観測者
静かな海だった。
波もない。
風もない。
空もない。
上も下も分からない。
どこまでも続く深海色の世界。
玲司は立っていた。
その前には榊悠真。
そして。
空を埋め尽くす巨大な瞳。
観測者。
宇宙よりも古い存在。
生命を観測する存在。
進化を終わらせる存在。
その瞳が。
榊悠真を見下ろしていた。
沈黙。
永遠にも思える静寂。
先に口を開いたのは観測者だった。
『記録確認』
声が響く。
感情はない。
ただ事実だけを告げる声。
『終焉戦争個体』
榊は苦笑した。
「個体扱いか」
ポケットへ手を入れたまま。
まるで世間話でもしているようだった。
玲司は信じられない。
相手は世界を滅ぼしかねない存在だ。
なのに榊は変わらない。
どこまでも自然だった。
観測者が続ける。
『存在消滅確認済』
『観測記録一致』
榊が肩をすくめる。
「そういう事になってるな」
『矛盾確認』
空間が震える。
『何故存在する』
玲司の鼓動が速くなる。
観測者ですら理解できない。
今の榊は異常なのだ。
榊は少しだけ考えた。
そして。
笑った。
「知らん」
玲司は思わず吹き出しそうになる。
観測者は沈黙した。
理解できない。
そんな反応だった。
榊は空を見る。
巨大な瞳。
その奥。
さらに何かがいる気がした。
終焉存在より外側。
観測者より外側。
まだ見えていない何か。
榊は目を細める。
「お前らも大変だな」
『理解不能』
「だろうな」
静かなやり取り。
だが。
その空間そのものが揺れ始めていた。
観測者の周囲。
星々が崩れる。
海が歪む。
存在が揺らぐ。
管理体が現実側で叫んでいた。
「ありえない!」
EVEも息を呑む。
母体でさえ驚いている。
観測者。
本来なら絶対的存在。
その観測が乱れている。
原因は一つ。
榊悠真。
死んだはずの人間。
海へ還った存在。
生と死の境界にいる異常。
観測できない存在。
だから。
観測者にとって最大の誤差だった。
玲司は理解し始めていた。
榊が強い理由。
能力だけじゃない。
存在そのものが異常なのだ。
その時だった。
観測者の瞳が玲司を見る。
『継承個体』
胸が熱くなる。
片翼が発光する。
『観測開始』
瞬間。
玲司の全身へ激痛が走った。
「がああぁぁぁっ!!」
膝をつく。
身体が崩れる。
皮膚が粒子化する。
記憶が流出する。
存在そのものが固定される。
観測。
それは見る事ではない。
定義する事。
お前は何者か。
何になるのか。
何で終わるのか。
それを強制的に決められる。
玲司は苦しむ。
意識が消えそうになる。
その時。
誰かが肩へ手を置いた。
榊だった。
「無理すんな」
静かな声。
その一言だけで。
苦痛が少し消える。
玲司は顔を上げる。
榊は前を見ていた。
観測者を。
その目は優しい。
だが。
怒っていた。
本当に怒っている時の顔。
静かな怒り。
終焉戦争でも見せた事がないほど。
低い声が響く。
「そいつはまだ決まってない」
観測者が沈黙する。
榊が続ける。
「勝手に終わらせるな」
海が震える。
世界中の海が共鳴する。
母体が目を見開く。
EVEの翼が発光する。
管理体が震える。
その声は。
かつて終焉存在と対峙した時と同じだった。
誰かを守るための声。
榊が玲司を見る。
少しだけ笑った。
「お前はまだ選べる」
玲司の胸が熱くなる。
「何を」
榊は答える。
「全部だ」
静かな言葉。
「何になるかも」
「誰を守るかも」
「どこで終わるかも」
海風が吹く。
榊の身体から蒼い粒子が零れる。
少しずつ。
少しずつ。
消えている。
玲司の表情が変わる。
榊は気付いていた。
だから笑う。
「そんな顔するな」
どこまでも穏やかだった。
だが。
その時だった。
観測者の瞳が大きく開く。
初めて。
明確な異常反応。
『危険認定』
空間が凍る。
『終焉戦争記録修正』
榊が眉を上げる。
『対象再分類』
世界中の海が揺れる。
母体が立ち上がる。
管理体の顔色が変わる。
そして。
観測者は初めて榊悠真へ向けて言った。
『文明継続阻害要因』
沈黙。
『最優先観測対象』
その瞬間。
黒海裂界の奥。
さらに巨大な何かが動いた。
観測者ですら。
見上げている何かが。
―――続く
第26話でした。
今回は榊悠真と観測者の対話が中心でした。
戦闘ではありません。
価値観と存在そのものの衝突です。
HYDRA CHRYSALISでは、
力の強さだけではなく、
「何を守ろうとしたか」が重要になります。
そして観測者は、
ついに榊悠真を脅威として認識しました。
次回、
黒海裂界のさらに奥。
終焉存在や観測者すら警戒する、
新たな謎の存在の片鱗が描かれます。
REBIRTH編はここからさらに深部へ潜っていきます。




