第24話 世界が見られた日
『発見』
その一言だけだった。
だが。
その瞬間から、
世界は変わった。
人類は初めて知る。
見る事と、
見られる事は違うのだと。
HYDRA CHRYSALIS
REBIRTH
第24話 世界が見られた日
世界中の海が震えていた。
太平洋。
大西洋。
インド洋。
北極海。
南極海。
全ての海面が同時に波打っている。
地震ではない。
津波でもない。
海そのものが恐怖を感じているようだった。
NEREID本部。
通信回線は混乱していた。
「ロンドン支部応答なし!」
「シドニー沿岸部で異常発生!」
「北大西洋観測基地消失!」
報告が飛び交う。
誰も状況を把握できない。
管理体はモニターを見つめていた。
映像には世界各地の異常現象が映っている。
海面へ現れる巨大な瞳。
空へ浮かぶ黒い波紋。
海岸へ打ち上げられる未知の生物。
そして。
世界中の人々が同じ夢を見始めていた。
「またです!」
研究員が叫ぶ。
「夢の内容が一致しています!」
管理体が振り返る。
「内容は」
研究員の顔が青い。
震える声で答える。
「海です」
静寂。
「ただ海を見ている夢です」
「ですが」
「全員が同じ場所を見ています」
玲司は眉をひそめた。
同じ夢。
そんな馬鹿な話があるか。
だが。
この世界ではもう何も否定できない。
その時だった。
玲司の頭に激しい痛みが走る。
「っ!!」
膝をつく。
視界が歪む。
海が見える。
真っ暗な海。
果てがない。
底もない。
そこに一人の男が立っていた。
榊悠真。
玲司は息を呑む。
榊は振り返らない。
ただ海を見ている。
「……榊」
声は届かない。
だが。
榊は小さく笑った気がした。
次の瞬間。
海面が割れる。
巨大な影。
あまりにも巨大。
比較できるものが存在しない。
母体ですら小さく見える。
玲司の全身が凍りつく。
それは生物ではなかった。
概念だった。
宇宙だった。
存在そのものだった。
そして。
榊が静かに呟く。
『まだ早い』
誰へ向けた言葉なのか。
分からない。
だが。
その瞬間。
巨大な影が止まった。
まるで榊の言葉に反応したように。
映像が途切れる。
玲司は荒く息を吐いた。
冷や汗が止まらない。
EVEが近付いてくる。
「今のは」
玲司が答える前に。
管理体が言った。
「残響です」
静かな声。
「榊悠真の意識が海へ残っている」
玲司は黙る。
何度も聞かされてきた話だ。
だが。
今のは違った。
あれは記録じゃない。
映像でもない。
まるで。
今もどこかで存在しているようだった。
その時。
母体が空を見上げた。
少女の姿のまま。
悲しそうな顔をしている。
玲司が聞く。
「何が来る」
母体は少し黙った。
そして。
ゆっくり答える。
「思い出した」
玲司の眉が動く。
「何を」
母体の瞳が揺れる。
生命誕生以前から存在していた存在。
その母体が。
初めて恐れるような顔を見せていた。
「昔」
「海がまだ若かった頃」
風が止まる。
波も止まる。
世界が静まり返る。
「私達は一度だけ見つかった」
玲司の背筋が冷える。
観測者。
あの存在の事だ。
母体は続ける。
「だから隠れた」
「生命も」
「文明も」
「海も」
「ずっと」
管理体が目を見開く。
ようやく理解した。
観測者は侵略者ではない。
捕食者でもない。
もっと根本的な何かだ。
観測される事そのものが危険なのだ。
その瞬間。
全世界の通信が強制接続された。
テレビ。
スマートフォン。
モニター。
街頭ビジョン。
全てが同時に起動する。
誰も操作していない。
だが映像が映る。
黒い宇宙。
無数の星。
そして。
巨大な瞳。
観測者。
世界中の人々が凍り付く。
逃げられない。
目を逸らしても意味がない。
その声は頭の中へ直接響いた。
『確認』
静かな声。
感情はない。
怒りもない。
喜びもない。
ただ事実を告げるだけ。
『生命』
沈黙。
『文明』
沈黙。
『継続』
世界中が息を呑む。
そして。
観測者は最後に言った。
『観測開始』
その瞬間。
海が絶叫した。
世界中の海が。
まるで悲鳴を上げるように。
轟音を響かせた。
母体が苦しそうに胸を押さえる。
EVEも膝をつく。
管理体の身体が粒子化し始める。
玲司だけが立っていた。
胸の奥。
榊悠真の因子が激しく脈動している。
そして。
玲司の背後で。
蒼い光が生まれた。
未完成だったはずの翼。
星海翼。
その片翼が。
ゆっくりと姿を現した。
―――続く
第24話でした。
今回は「観測者」の本当の恐ろしさの一端が描かれました。
戦うだけの敵ではありません。
見られる事そのものが脅威。
それが観測者です。
そして玲司の中では、
榊悠真の残響と星海翼が再び動き始めました。
次回、
REBIRTH編前半最大の転機。
玲司が初めて、
継承者として選択を迫られます。




