第19話 世界同時異常
海が鳴いた。
その鼓動は、
蒼海区だけの現象ではなかった。
世界中の海が、
同時に反応を始める。
終焉戦争終結から三年。
誰もが終わったと思っていた災厄は、
再び動き始めていた。
HYDRA CHRYSALIS
REBIRTH
第19話 世界同時異常
NEREID本部。
作戦統制室。
警報が鳴り続けていた。
大型モニターには、
世界地図が映し出されている。
太平洋。
大西洋。
インド洋。
北極海。
南極海。
全海域。
異常反応発生。
赤い警告表示が、
次々と増えていく。
誰も言葉を失っていた。
「観測衛星から映像が届きました!」
若いオペレーターが叫ぶ。
映像が切り替わる。
太平洋中央海域。
夜の海。
そこに。
巨大な渦が存在していた。
直径数十キロ。
いや。
もっと大きい。
雲まで巻き込んでいる。
その中心で。
蒼い光が脈動していた。
――ドクン。
映像越しでも分かる。
海が鼓動している。
誰かが呟く。
「生物反応です……」
部屋が静まる。
生物。
こんな規模の。
そんなものが存在していいはずがない。
映像が切り替わる。
今度は大西洋。
巨大な海獣。
全長数百メートル。
都市すら小さく見える。
その怪物が海面から姿を現していた。
だが。
怪物は暴れていない。
空を見ている。
何かを待つように。
祈るように。
その様子が異様だった。
「各海域の深海変異体も同様です!」
「全個体が移動を停止!」
「海底方向へ反応を示しています!」
会議室がざわめく。
玲司は黙っていた。
胸の奥が痛い。
理由は分からない。
だが。
何かが近づいている。
そんな感覚があった。
その時。
EVEが小さく呟く。
「始まった」
玲司が振り返る。
「何がだ」
EVEは答えない。
ただ海の方角を見ている。
まるで。
遠くの誰かの声を聞いているようだった。
その時だった。
会議室の扉が開く。
数名の武装隊員。
そして。
白髪の老人。
NEREID最高顧問。
終焉戦争を生き残った数少ない人間。
室内が静まり返る。
老人は無言で前へ出る。
そして。
一枚のデータを表示した。
タイトル。
【終焉戦争極秘記録】
玲司の表情が変わる。
老人は静かに言った。
「これ以上隠せん」
誰も喋らない。
老人が続ける。
「母体生命体について説明する」
その瞬間。
空気が変わった。
誰もが聞きたかった名前。
誰も知りたくなかった存在。
老人は映像を表示する。
荒れた映像。
終焉戦争時代。
海底探査記録。
暗闇。
何も見えない。
だが。
数秒後。
映像の奥で。
巨大な影が動いた。
全員が息を呑む。
大きすぎる。
比較対象が存在しない。
海底地形そのものが動いているようだった。
山脈。
海溝。
それらを飲み込むほど巨大な影。
そして。
映像の最後。
巨大な瞳が開く。
玲司の背筋が凍った。
優しい。
だが恐ろしい。
まるで。
世界中の生命を見守る母親。
そんな瞳だった。
老人が呟く。
「我々は当初、
原初存在の王だと考えた」
映像が止まる。
老人の顔は青白かった。
「だが違った」
沈黙。
「原初存在が恐れていた」
その一言で。
全員が固まった。
玲司も理解できない。
原初存在。
海そのものと融合した超進化生命。
その存在が恐れる相手。
そんなものが存在するのか。
老人が続ける。
「母体は敵ではない」
「だが味方でもない」
「母体は生命そのものだ」
玲司の胸がざわつく。
生命。
海。
記憶。
進化。
今まで聞いてきた言葉が繋がり始める。
老人は震える声で言った。
「終焉戦争末期」
「榊悠真は一度だけ母体と接触した」
玲司の目が見開かれる。
榊。
再びその名前。
会議室の照明が揺れる。
老人が映像を切り替える。
そこには。
若い男の後ろ姿。
蒼い翼。
榊悠真だった。
海底。
絶対零度の深海。
その先に。
巨大な影。
榊は一人で立っていた。
武器もない。
敵意もない。
ただ。
静かに海を見上げている。
映像は音声を失っていた。
会話内容は不明。
しかし。
次の瞬間。
全員が息を呑む。
母体と思われる巨大な影。
その周囲の海が。
静止した。
海流。
粒子。
生命反応。
全て停止。
世界の時間が止まったようだった。
そして映像は途切れる。
老人が言う。
「その後、
榊悠真は誰にも内容を話さなかった」
「記録も残していない」
「ただ一言だけ残した」
玲司の鼓動が速くなる。
老人は震えながら言った。
「まだ早い」
静寂。
それだけだった。
榊が残した言葉。
たった四文字。
だが。
その意味だけは分からない。
その時。
突然。
全モニターが真っ白になった。
警報。
警報。
警報。
オペレーターが叫ぶ。
「深海構造体反応急上昇!!」
「エネルギー限界突破!!」
「内部空間展開!!」
会議室全員が振り向く。
蒼海区中央。
巨大深海構造体。
その表面が。
ゆっくり開き始めていた。
まるで。
巨大な花が咲くように。
EVEが立ち上がる。
瞳が揺れている。
玲司は気付いた。
恐怖ではない。
違う。
懐かしさ。
そして。
悲しみ。
EVEが小さく呟く。
「……帰ってくる」
玲司が聞き返す。
「誰が」
EVEは答えない。
ただ。
開いていく深海構造体を見つめていた。
その中心から。
蒼い光が溢れ始める。
まるで。
三年間。
ずっと眠っていた何かが。
目を覚まそうとしているように。
―――続く
第19話でした。
今回は母体生命体と榊悠真の過去へ繋がる重要な伏線回です。
そして深海構造体がついに起動。
次回はREBIRTH編前半最大の転換点になります。
ここから物語は、
「継承」の物語から、
「海に残された真実」の物語へ変わっていきます。
次回、第20話。
深海構造体の内部で、
玲司達は終焉戦争の封印記録と対面する事になります。




