第17話 海底第零封印区画
深海には、
人類が忘れたい過去が沈んでいる。
見つけてはいけない記録。
思い出してはいけない罪。
そして。
終焉戦争が生んだ怪物達は、
今も海の底で生きていた。
誰にも知られず。
誰にも救われず。
HYDRA CHRYSALIS
REBIRTH
第17話 海底第零封印区画
海は静かだった。
静かすぎるほどに。
NEREID特殊潜航艇。
深度七千メートル。
窓の外には、
闇しか存在しない。
光は届かない。
音も無い。
ただ。
時折、
深海粒子だけが蒼く輝く。
玲司は窓の外を見ていた。
「本当にあるんだな」
誰へともなく呟く。
AQUA-7が端末を操作する。
「終焉戦争時の極秘施設」
「公式には存在しない事になってる」
「存在した記録すら消された」
玲司は苦笑する。
「最近そんなのばっかだな」
返事は無い。
その時。
EVEが静かに言った。
「――見える」
全員が振り向く。
前方モニター。
深海の闇。
その奥に。
巨大な影が浮かんでいた。
海底第零封印区画。
全長数キロ。
海底山脈へ埋め込まれた、
巨大人工施設。
だが。
異常だった。
施設全体が脈動している。
生き物のように。
どくん。
どくん。
どくん。
「……何だよあれ」
玲司の声が低くなる。
AQUA-7も言葉を失う。
施設外壁へ。
無数の蒼い発光物質が張り付いていた。
血管のように。
神経のように。
施設全体を覆っている。
EVEが呟く。
「母体由来組織」
「侵食率三十七パーセント」
沈黙。
誰も何も言えない。
それはつまり。
施設が生物化しているという事だった。
潜航艇が接岸する。
重い衝撃。
隔壁が開く。
暗闇。
冷たい空気。
そして。
腐った海の臭い。
玲司達は施設内部へ足を踏み入れた。
非常灯だけが点滅している。
赤い光。
長い通路。
誰もいない。
だが。
静かすぎる。
生き物の気配が無い。
死体も無い。
血痕も無い。
それなのに。
嫌な予感だけが増していく。
その時。
玲司が足を止めた。
壁を見ている。
そこには。
無数の爪痕が刻まれていた。
壁を削るほどの力で。
そして。
文字。
血のような色。
震える文字。
助けて
帰りたい
寒い
母さん
玲司の喉が詰まる。
AQUA-7も顔を伏せる。
「……閉じ込められてたのか」
誰にも答えられなかった。
終焉戦争。
生きたまま。
兵器として。
封印された人間達。
どれだけの時間。
ここで。
その時だった。
施設全体が震える。
警報。
突然の起動音。
『警告』
『封印区画最下層より生体反応接近』
『警告』
『警告』
『警告』
赤色灯が回転する。
玲司達が武器を構える。
暗い通路の奥。
何かがいる。
足音は無い。
呼吸音も無い。
だが。
いる。
確実に。
ゆっくり。
ゆっくり。
影が近づく。
そして。
非常灯が照らした。
人間だった。
かつては。
蒼い皮膚。
発光する血管。
深海色の瞳。
だが。
顔だけは。
まだ人間だった。
男は玲司を見る。
数秒。
見つめる。
そして。
掠れた声を出した。
「……生きてるのか」
玲司の身体が固まる。
男は続ける。
信じられないほど弱々しい声で。
「外は……」
「まだ……あるのか」
誰も答えられない。
男の目から涙が流れる。
蒼く光る涙。
「終わったんだと……思ってた」
玲司の胸が締め付けられる。
怪物じゃない。
この男は。
被害者だ。
その時。
施設最深部から。
轟音が響いた。
世界が揺れる。
壁が軋む。
天井から破片が落ちる。
EVEの瞳が開く。
「――来る」
玲司が振り向く。
暗闇。
さらに奥。
誰も見えないはずの場所。
そこに。
巨大な二つの蒼い光が灯った。
目だった。
異様なほど巨大な。
深海粒子が吹き荒れる。
警報が絶叫する。
『危険』
『危険』
『危険』
『特級融合個体反応確認』
『識別コード消失』
『危険』
『危険』
そして。
最後の警告が流れる。
『終焉戦争指定災害個体』
『海神級反応を確認』
玲司の背筋が凍る。
暗闇の奥で。
何かが立ち上がった。
施設そのものより大きな影。
蒼い瞳だけが光っている。
そして。
低く。
深く。
海そのものが喋るような声が響いた。
『――また、人間か』
その瞬間。
玲司の原初因子が暴走した。
胸の奥で。
榊悠真の記憶が激しく脈動する。
まるで。
その存在を知っているかのように。
――続く
第17話でした。
今回は海底第零封印区画へ突入しました。
HYDRAでは、
怪物の恐怖と同時に、
「人類が何をしてきたのか」
も描いていきます。
そして終焉戦争の生き残りである融合兵達は、
単なる敵ではありません。
次回、
封印区画最深部。
終焉戦争の亡霊と、
玲司が初めて対話します。
また、次回終了時点で
新章へ移行するかどうかを判断します。
現在の流れなら、
第18話~第19話が章の区切り候補です。




