第13話 海が泣く夜
深海構造体出現から数日。
蒼海区では、
不可解な現象が続いていた。
海鳴り。
発光する雨。
そして――
誰もいないはずの海から聞こえる、
“泣き声”。
NEREIDは、
極秘裏に調査を進めていた。
HYDRA CHRYSALIS
REBIRTH
第13話 海が泣く夜
夜。
雨が降っていた。
蒼海区・第七码頭。
海面が、
蒼く発光している。
波は静かだった。
静かすぎるほどに。
「……嫌な感じだな」
玲司が海を見下ろす。
隣では、
AQUA-7が端末を確認していた。
白い装甲に、
雨粒が流れていく。
「この海域だけ、
深海粒子濃度が異常なの」
「まるで、
海そのものが活性化してる」
玲司が眉をひそめる。
海を見る。
暗い。
深い。
なのに。
どこか、
“見られている”。
そんな感覚があった。
「……またか」
玲司が小さく呟く。
最近増えていた。
海へ近づくほど、
頭の奥で、
誰かの声が聞こえる。
泣き声。
笑い声。
知らない記憶。
「玲司」
AQUA-7が振り返る。
「今日は妙な反応が多すぎる」
「上は避難勧告も考えてる」
「でも――」
その時だった。
ぽちゃん。
水音。
二人が同時に振り向く。
誰もいない岸壁。
そこへ。
半透明の何かが、
ぴょこんと跳ねていた。
玲司の目が細くなる。
「……何だあれ」
小さい。
水滴みたいな、
半透明の塊。
蒼白く光っている。
ぽよん。
また跳ねる。
どこか、
生き物みたいに。
AQUA-7の顔色が変わる。
「下がって!!」
瞬間。
彼女が玲司を突き飛ばした。
同時に、
白い装甲腕が展開。
水刃が放たれる。
蒼い塊が、
真っ二つになる。
だが。
分裂した。
二体へ。
ぽよん。
ぽよん。
玲司が息を呑む。
「……増えた?」
AQUA-7が低く呟く。
「流体崩壊兵器……」
「蒼泡……!」
玲司の背筋が冷える。
その瞬間。
蒼泡達が、
一斉に玲司を向いた。
ぞわり。
空気が歪む。
まるで、
空間そのものが軋むような感覚。
「走れ!!」
AQUA-7が叫ぶ。
次の瞬間。
蒼泡が膨張した。
蒼白光。
雨が蒸発する。
空気が溶ける。
玲司が咄嗟に水膜を展開。
直後。
世界が揺れた。
轟音は無い。
だが。
岸壁そのものが、
静かに消えていく。
コンクリートが、
溶けるように崩壊。
海水へ変わる。
「っ……!」
玲司の頬を汗が流れる。
理解した。
これ。
兵器だ。
しかも、
人類が作ってはいけない類の。
AQUA-7が玲司を引く。
「撤退する!」
「こいつらは数が増える!」
二人が走る。
背後では。
ぽよん。
ぽよん。
無数の水音。
玲司が振り返る。
そして止まった。
海面。
そこに。
大量の蒼泡が浮かんでいた。
数百。
いや。
数千。
海そのものが、
蒼く脈動している。
AQUA-7の声が震える。
「あり得ない……」
「封印施設は全部停止したはず……」
その時。
通信ノイズ。
『――こちらNEREID本部!』
『第七码頭全域で深海粒子異常増殖!』
『流体崩壊兵器の群体化を確認!』
『繰り返す!』
『群体化――』
通信が途切れる。
ノイズ。
その奥で。
誰かの悲鳴が聞こえた。
玲司の瞳が揺れる。
海を見る。
蒼い海。
そこに。
巨大な“影”がいた。
海底。
とてつもなく深い場所。
暗闇の奥。
巨大すぎて、
形が分からない。
だが。
確かにいた。
そして。
どくん。
海全体が脈動する。
玲司の心臓と、
同じタイミングで。
「――っ!?」
頭へ、
映像が流れ込む。
暗い深海。
巨大な瞳。
脈動する海。
そして。
誰かの声。
『――まだ、
終わっていない』
玲司が膝をつく。
息が乱れる。
その時。
EVEが現れた。
雨の中。
深海色の翼を揺らしながら。
静かに。
「……EVE」
EVEは海を見ていた。
感情の薄い顔。
だが。
その瞳には、
僅かな動揺があった。
「――母体反応」
AQUA-7が凍りつく。
「まさか……」
EVEが続ける。
静かに。
「――海が、
目覚め始めている」
その瞬間。
海面が割れた。
巨大な蒼い光。
そして。
無数の蒼泡が、
一斉に空へ浮上する。
夜空が、
蒼く染まる。
まるで。
海そのものが、
泣いているようだった。
――続く
第13話でした。
今回は、
「静かな恐怖」
「海の異常性」
「蒼泡の不気味さ」
を強めています。
HYDRAは、
“説明される恐怖”ではなく、
“理解できない違和感”
を積み重ねる方向で描いています。
そしてついに、
母体反応という単語が登場しました。
次回から、
海そのものが動き始めます。




