第12話 海鳴り
黒海裂界出現以降、
世界各地で“海鳴り現象”が報告され始めていた。
それは、
海が鳴いているようにも、
誰かが泣いているようにも聞こえるという。
そして今夜。
蒼海区の海が、
再び鳴く。
波音が止んでいた。
蒼海区沿岸部。
夜。
誰もいない防波堤。
玲司は、
一人で海を見ていた。
風が冷たい。
だが。
海だけが、
妙に温かかった。
「……」
遠くで警報音が鳴っている。
黒海裂界出現以降、
都市は半封鎖状態になっていた。
だが玲司は、
どうしても海へ来たくなった。
理由は分からない。
ただ。
呼ばれている気がした。
静かな海面。
月明かり。
蒼い粒子。
その時だった。
――ドクン。
玲司の鼓動が跳ねる。
同時に。
海面全体へ、
波紋が広がった。
「……っ」
耳鳴り。
違う。
これは。
声だ。
『――……』
ノイズ混じりの、
誰かの声。
玲司の瞳が揺れる。
「誰だ」
返事はない。
だが。
海が呼吸していた。
ゆっくり。
巨大な何かが、
海の下で脈動している。
そんな感覚。
玲司の背中へ寒気が走る。
その瞬間。
海面に、
“人影”が映った。
玲司ではない。
白い服。
黒い髪。
見覚えのない少女。
だが。
どこか懐かしい。
玲司が目を見開く。
海面の少女が、
ゆっくりこちらを見る。
そして。
口を動かした。
『――まだ、
起きてはいけない』
次の瞬間。
海面が崩れる。
大量の波紋。
玲司が後退する。
「何だよ今の……!」
その時。
通信機へノイズが走った。
『――神崎玲司、
応答しろ』
AQUA-7だった。
玲司が通信を開く。
「……何だ」
『すぐ離れなさい』
珍しく、
AQUA-7の声が強張っている。
『海域全体で異常粒子反応』
『それと――』
言葉が止まる。
ノイズ。
その直後。
海の奥で、
巨大な“何か”が動いた。
ゴゴゴゴ……。
海面が盛り上がる。
玲司の顔色が変わる。
巨大すぎる。
暗すぎて見えない。
だが。
“いる”。
海の下に。
圧倒的質量。
まるで。
海そのものが、
浮上しようとしている。
『玲司!!』
AQUA-7の叫び。
同時に。
海面から、
小さな水滴が跳ねた。
ぽよん。
玲司の足元へ落ちる。
半透明。
蒼白発光。
「……は?」
水滴が、
小さく跳ねる。
ぽよ。
ぽよ。
玲司の瞳が揺れる。
知っている。
記憶が警告していた。
榊悠真の残響。
終焉戦争の記録。
『逃げろ』
玲司の脳内へ、
誰かの声が響いた。
次の瞬間。
水滴が、
玲司へ向かって跳ねる。
空気が歪む。
玲司が咄嗟に水膜を展開。
直後。
蒼い閃光。
――“蒸発”。
音が消えた。
防波堤の一部が、
溶けるように崩壊する。
海風が止まる。
玲司の呼吸が止まりかける。
存在が削られた。
そう直感した。
「……これ、
兵器かよ」
蒼い煙が漂う。
その奥。
海面へ、
無数の小さな光が浮かんでいた。
ぽよ。
ぽよ。
ぽよ。
蒼白色の、
大量の“何か”。
玲司の背筋を冷たい汗が流れる。
『確認』
EVEの声。
いつの間にか、
後方に立っていた。
白髪。
深海色の翼。
静かな瞳。
「――流体崩壊兵器」
「――コード:
蒼泡」
海面の無数の光が、
ゆっくり玲司を見つめる。
まるで。
生き物のように。
その時。
海の奥で、
再び巨大な脈動が響いた。
ドクン。
海全体が揺れる。
EVEの表情が僅かに変化する。
「……母体反応」
玲司が振り返る。
「母体……?」
EVEは海を見る。
静かに。
どこか、
悲しそうに。
「――海が、
目覚め始めている」
その瞬間。
海面の奥で、
巨大な“瞳”が開いた。
都市の光より巨大。
月光を反射する、
深海色の瞳。
玲司の全身が硬直する。
理解不能。
なのに。
何故か。
恐怖だけではなかった。
まるで。
“母親に見られている”
ような感覚。
静かな海。
巨大な瞳。
ぽよぽよと跳ねる蒼泡。
そして。
海底から響く、
心臓のような音。
海が、
呼吸していた。
―――続く
第12話でした。
今回は、
“静かな恐怖”
と
“海そのものの異常性”
を強めています。
HYDRAでは、
戦闘だけではなく、
「海が生きている感覚」
を重要視しています。
次回、
母体反応と蒼泡の脅威が、
さらに物語を侵食していきます。




