第12話 海底隔離層
蒼泡は、
兵器ではなかった。
終焉戦争で、
人類が切り捨てた
“痛みの残骸”。
そして今。
海の底で眠っていた記憶が、
再び目を覚まそうとしていた。
ドクン。
地下から、
巨大な脈動音が響く。
施設全体が震えていた。
ぽよっ。
ぽよぽよっ。
無数の蒼泡達が、
床を跳ねながら、
地下方向へ集まり始める。
まるで。
“帰巣”。
玲司の額へ汗が流れる。
胸の奥。
原初因子が、
嫌なほど反応していた。
「……下に何がいる」
AQUA-7が武装を展開する。
白い粒子装甲。
深海粒子ライフル。
だが。
彼女の声は硬かった。
「NEREIDの記録に無い反応よ……」
EVEの声が通信へ響く。
『――該当施設を照合』
『旧名称:
第零深海研究隔離層』
玲司が眉をひそめる。
「第零……?」
『終焉戦争末期、
存在侵食兵器研究が行われていた施設』
沈黙。
AQUA-7の顔色が変わる。
「まさか……
封鎖済みのはずよ……!」
EVEが続ける。
『――記録消失』
『封鎖後、
全研究員死亡扱い』
『だが』
『内部生命反応を確認』
玲司が低く呟く。
「……生きてるのか」
返答は無い。
その時。
ガコン――。
病室奥の隔壁が、
ゆっくり開き始めた。
暗い通路。
深海色の非常灯。
冷たい海風。
地下から、
水の匂いが流れ込む。
ぽよっ。
蒼泡達が、
一斉に通路奥へ消えていく。
玲司が歩き出す。
AQUA-7が叫ぶ。
「待て!!」
だが玲司は止まらない。
「放っとけない」
静かな声。
怒っていた。
いや。
苦しんでいた。
終焉戦争。
人を兵器にした世界。
その残骸が、
今も泣いている。
玲司は、
それを無視できなかった。
地下通路。
水浸しの床。
壁一面に、
古い研究コードが並んでいる。
TYPE-A
SEA MEMORY
SOUL PRESSURE
FLOW CORE
読めないほど、
錆びついた文字。
だが。
奥へ進むほど、
深海粒子濃度が上がっていく。
玲司の呼吸が乱れる。
視界の端で、
海が揺れていた。
違う。
記憶だ。
誰かの残響。
『……成功率、
3%未満』
『人格維持不可』
『ですが、
対終焉存在には有効です』
『なら続けろ』
知らない声。
研究員達。
そして。
泣いている少女。
水槽の中。
半透明の液体へ、
沈められている。
『いや……
いやだ……』
玲司が足を止める。
胸が痛い。
「……っ」
AQUA-7が玲司を見る。
「また記憶共鳴?」
玲司は答えない。
通路奥。
巨大扉が見えていた。
深海色の封印コード。
扉表面には、
大量の手形が残っている。
まるで。
内側から、
誰かが逃げようとしたように。
EVEの声が低くなる。
『――隔離層最深部』
『流体知性体反応、
極大化』
その瞬間。
巨大扉が、
ひとりでに開いた。
重い音。
冷気。
そして。
目の前に、
巨大空間が広がる。
地下海。
施設内部とは思えない。
広大な海水空間。
その中心。
蒼白く発光する、
巨大な“繭”。
玲司の呼吸が止まる。
繭の内部。
人影。
白髪。
女性。
液体の中で、
静かに眠っていた。
AQUA-7が震えた声を漏らす。
「……EVE?」
だが。
違う。
その女は、
ゆっくり目を開く。
深海色の瞳。
そして。
口元が、
静かに歪む。
『――また、
人間は間違えたのね』
同時。
地下海全体が、
脈動した。
ドクン。
蒼泡達が、
一斉に歓喜するように跳ねる。
ぽよぽよぽよぽよ――。
EVEの声が初めて乱れる。
『――識別不能』
『これは……』
『流体知性体、
女王核』
玲司の背筋へ、
冷たいものが走る。
女王核。
その存在が、
ゆっくり玲司を見つめる。
まるで。
“値踏み”するように。
そして。
静かに呟いた。
『――あなたから、
あの人の海が聞こえる』
玲司の瞳が揺れる。
「あの人……?」
女王核は、
悲しそうに微笑んだ。
『榊悠真』
地下海が、
静かに揺れた。
―――続く
第12話
「海底隔離層」でした。
終焉戦争時代の封印施設。
そこに眠っていたのは、
流体知性体の“女王核”。
そして彼女は、
榊悠真を知っていました。
次回、
終焉戦争の禁忌研究、
そして榊悠真が見た
“人類の闇”が語られます。




