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新たなる恐怖政治

ロベスピエールはフーシェの市民安全局の提案を聞き、核心に触れた。


「危険分子と判定された者の処遇か」


フーシェが、企画書の該当ページを開いた。


「この提案の核心はここだ。危険分子と判定された者は、逮捕しない。投獄しない。処刑しない」


「ではどうする」


「社会的な信頼を段階的に剥奪する」


フーシェの声が、初めてわずかに熱を帯びた。この部分が、フーシェの設計の真骨頂だった。


「フラン経済圏は、すべての市民に個人の信用口座を提供している。フランでの取引履歴。納税記録。職業情報。住居登録。これらのデータは、中央準備基金のシステムに統合されている。つまり、すべての市民はフラン経済圏の中で紙の上の存在を持っている。」


「そうだ」


「危険分子と判定された者には、まず取引制限がかかる。フラン建ての大口取引が、承認されなくなる。理由は開示されない。『システムの都合』としか説明されない。次に、住居の賃貸契約が更新されなくなる。家主が、中央準備基金の通知を受けて、契約更新を拒否する。さらに、雇用主が、同様の通知を受けて、雇用契約を見直す」


「社会的な排除。だが、法的根拠は」


「法的には何も起きていない。取引を拒否する権利は、民法上、取引の相手方にある。賃貸契約の更新を拒否する権利は、家主にある。雇用契約の終了は、労働法の規定に基づく。すべてが、合法的に行われる。国家が直接手を下すのではない。国家は情報を提供するだけだ。判断は社会がする」


ロベスピエールの背筋に、冷たいものが走った。


「逮捕されないから、裁判は行われない。裁判が行われないから、弁護の機会もない。処刑されないから、殉教者にもなれない。ただ、じわじわと、社会の縁に追いやられていく。金が使えない。家に住めない。仕事がない。気がつけば、社会の中に存在しながら、社会から完全に切り離されている」


「その通りだ」


フーシェの声は、淡々としていた。


「断頭台で首を落とせば、死者は英雄になるかもしれない。投獄すれば、囚人は殉教者になるかもしれない。だが、社会的な信頼を失った者は、英雄にも殉教者にもなれない。なぜなら、英雄になるためには、まず他者の信頼が必要だからだ。信頼のない者の言葉は誰にも届かない」


「声なき排除」


「声なき排除だ。そして、最も重要なのは、この排除が可逆的であるということだ」


「可逆的?」


「そうだ。信頼の剥奪は、段階的に行われる。したがって、段階的に回復させることもできる。危険分子が行動を改め、システムに再統合されることを選べば信頼は徐々に回復し、取引制限は解除され、社会生活は正常に戻る。つまり、この制度は、排除が目的ではない。矯正が目的だ」


「矯正。あるいは、調教か」


「お好みの言葉で構わない」


* * *


フーシェが退出した後、ロベスピエールは長い間壁の風刺画を見つめていた。


マラトの『自由を数えた男たち』。


あの絵の中のロベスピエールは、帳簿に没頭し、自由の女神に背を向けている。今、ロベスピエールは、帳簿ではなく、もっと恐ろしいものに没頭しようとしている。人間の自由そのものを、システムの変数として管理しようとしている。


「これは恐怖政治と違うのか」


ロベスピエールが、自分自身に問うた。


声に出して。


空っぽの執務室に、自分の声だけが響いた。


恐怖政治。テルール。五のもう一つの未来で、ロベスピエール自身が行ったこと。1376人を断頭台に送ったこと。ダントンを殺したこと。デムーランを殺したこと。「美徳の共和国」の名の下に。


今、フーシェが提案したものはテルールではない。血は流れない。首は切られない。牢獄もない。だが、結果は似ている。反対者が排除される。異論が沈黙する。システムに従わない者が、社会の縁に追いやられる。


手段が違う。だが、効果は同じではないか。


ロベスピエールは、蝋燭の炎を見つめた。


いや。同じではない。


恐怖政治は、不可逆だった。首を切れば、戻らない。死者は蘇らない。だが、フーシェのシステムは、可逆的だ。信頼は回復できる。排除された者は、行動を改めれば、社会に戻れる。


それはギロチンよりもはるかにましな手段だ。


本当にそうか?


ロベスピエールの脳の中で、ラファイエットの声が響いた。


「人間は、数式ではない」


そして、教皇ピウス六世の声が。


「信仰が数字に買い取られる時代か」


そして、アントワネットの声が。


「感想はそれだけですの?」


そして、マラトの声が。


「あの絵は正しかった」


すべての声が、同じことを言っている。お前のシステムは、人間を効率的に管理するが、人間を人間として扱っていない。


だがロベスピエールは答えを持っていた。冷たい、合理的な、否定しがたい答えを。


1376人が、生きている。


ダントンが生きている。デムーランが生きている。リュシルが生きている。ラヴォアジエが生きている。バイイが生きている。サン=ジュストが生きている。誰も死んでいない。


フーシェのシステムを導入すれば、さらにテロリストが逮捕される代わりに、社会の縁に静かに追いやられる。殉教者を生まない。英雄を生まない。暴力の連鎖を生まない。


不誠実だ。不自由だ。人間を数式として扱っている。だが、人間が生きている。


贖罪の代価は、さらに重くなる。だが、贖われる命はさらに多くなる。


* * *


六月。


フーシェの「市民安全局」が、パリ市内に設立された。


最初の巡察官は50名だった。全員が民間人の服装で、パリの20区に分散配置された。


彼らはフーシェが設計した訓練プログラムに基づいて穏やかで、礼儀正しく、市民に対して常に丁寧に接するよう教育されていた。威圧的な態度は禁止。武器の携帯も禁止。彼らの武器は、笑顔と、傾聴と、そして報告書だった。


最初の一か月で、巡察官たちは驚くべき成果を上げた。


パリ第三区では、巡察官のジャン=ピエールが近隣の住民から「パン屋のクロードが隣人と境界の壁で揉めている」と聞き、双方の話を聞いて、壁の位置を測量して正確に中間地点を決め、争いを穏やかに解決した。


第七区では、巡察官のマルグリットがセーヌ川沿いで迷子になっていた三歳の女の子を見つけ、半時間かけて母親を捜し出し、無事に引き渡した。


第十一区では、巡察官のフランソワが酒場の喧嘩を仲裁し、双方に和解の握手をさせ、次の日に酒場の主人から「あの巡察官がいてくれて助かった」と感謝された。


市民は巡察官を好んだ。


街が安全になった。夜道が明るくなった。揉め事が減った。犯罪が減った。巡察官がいる地区の住民の満足度は、いない地区よりも明らかに高かった。懺悔室のデータが、それを裏付けていた。


パリの新聞は、巡察官の活動を好意的に報道した。「共和国の新しい守り手」という見出しが躍った。デムーランでさえこの制度には批判的な記事を書かなかった。書く理由がなかった。巡察官は法律を守り、市民に親切で、犯罪を予防している。何を批判する?


だが巡察官たちは、もう一つの仕事をしていた。


毎晩、巡回を終えた巡察官は一日の報告書を書いた。誰と話したか。何を聞いたか。どの酒場でどんな会話が交わされていたか。どの家の前に見慣れない顔が立っていたか。報告書は、フーシェの市民安全局に集約され、教会からの懺悔室データと照合された。


照合の結果、二種類の人間が分類された。


「安全な市民」と「要注意の市民」。


要注意の市民はさらに三段階に分類された。「監視対象」「注意対象」「危険分子」。


危険分子と判定された者はフーシェが設計した通り社会的信頼の段階的剥奪が、静かに始まった。


* * *


最初の適用事例は、元工員のピエール・ルフェーヴルだった。


ルフェーヴルはバスティーユ爆破事件の実行犯ではなかったが、犯人グループと交友関係があり、カフェで「次はチュイルリー宮殿を吹き飛ばしてやる」と口にしていたことが、巡察官の報告書に記録されていた。


酒の席の愚痴だったかもしれない。本気の発言だったかもしれない。それを判定するのは、フーシェのシステムだった。


ルフェーヴルは、翌月からフラン建ての取引に制限がかかり始めた。大口の買い物ができなくなった。家主が賃貸契約の更新を渋り始めた。勤め先の印刷工房の親方が、「最近、仕事が減ってな」と言って、雇用を打ち切った。


ルフェーヴルは何が起きているのか理解できなかった。


逮捕されたわけではない。裁判にかけられたわけでもない。誰かに直接脅されたわけでもない。ただ、じわじわと、生活の基盤が崩れていく。金が使えない。家に住めない。仕事がない。


気がつけばパリの街の片隅で誰にも見えない存在になっていた。


英雄にはなれなかった。殉教者にもなれなかった。彼の言葉を聞く者はもういなかった。


* * *


7月。


フーシェの市民安全局が活動を開始して2か月。パリの治安は、劇的に改善していた。


犯罪発生率が、前年比で3割減少した。夜間の暴行事件が激減した。窃盗が減った。酔っ払いの乱闘が減った。パリは、夜でも自由に歩ける街になりつつあった。


ガス灯の光が、シャンゼリゼ通りを照らしている。石畳の上を、市民たちが安心して歩いている。若い恋人たちが腕を組んでセーヌ川の岸辺を散歩している。カフェのテラスで、老人たちがチェスを打っている。パン屋の娘が、焼きたてのバゲットを抱えて、夜道を駆けている。


平和な夜だった。


平和な、安全な、美しい夜だった。


* * *


その夜、ロベスピエールはシャンゼリゼ通りを歩いていた。


珍しいことだった。この男は、普段、夜の外出をしない。執務室からデュプレ家の下宿まで、最短ルートを歩くだけだ。だが、今夜は遠回りをしていた。シャンゼリゼの並木道を、ゆっくりと、歩いていた。


ガス灯が等間隔に通りを照らしている。石炭ガスの青白い光。ラヴォアジエの発明。その発明が、コールタールを副生し、コールタールからアニリンが蒸留され、アニリンから染料と爆薬が生まれた。光と毒と暴力が、同じ根から生えている。


だが、今夜のガス灯の下を歩く市民たちはそんなことを知らない。彼らは、安全な夜を歩いている。巡察官が見守る夜を。フーシェのシステムが監視する夜を。


平和だった。


確かに、平和だった。


ロベスピエールは、フーシェの報告書を思い出していた。先週の報告。パリ市内の「危険分子」判定者は、累計で23名。うち17名が、社会的信頼の剥奪により、事実上の社会的排除状態にある。残り6名は、行動を改め、信頼の回復プロセスに入っている。


23名。


1376名ではない。


ギロチンにかけたのではない。投獄したのでもない。ただ、社会の縁に、静かに、追いやっただけだ。


「これは恐怖政治と違うのか」


ロベスピエールが、再び自分自身に問うた。


シャンゼリゼの並木が、夜風に揺れている。プラタナスの葉が、ガス灯の光の中で、銀色に輝いている。


恐怖政治では、恐怖が支配の手段だった。民衆は恐怖によって従順になった。フーシェのシステムでは、恐怖は存在しない。巡察官は優しい。街は安全。市民は幸福。だが、幸福の裏側で、23人が声なき排除を受けている。


恐怖がない恐怖政治。


血が流れない粛清。


見えない断頭台。


違うのか。同じなのか。


ロベスピエールには、答えが出なかった。


出ないまま、彼はシャンゼリゼ通りを歩き続けた。デュプレ家の方角に。下宿先の、質素な部屋に。明日の朝には、また執務室に戻り、帳簿を開き、報告書を読み、アルゴリズムを回す。


平和な夜のシャンゼリゼ通り。


ガス灯の光が、彼の細い影を、石畳の上に長く伸ばしていた。


影はどこまでも長かった。

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