究極のアップデート
1795年。3月。
ロベスピエールは、3日間、執務室から出なかった。
食事は、デュプレ家の娘エレオノールが運んでくれたパンとチーズを齧るだけだった。睡眠は、椅子の上で数時間うたた寝する程度。蝋燭は何本も燃え尽き、溶けた蝋が机の上に白い池を作った。
机の上の白い紙に書かれた「公開」の一語を中心に、蜘蛛の巣のように広がった矢印と数式は3日後には7枚の紙を覆い尽くしていた。
4日目の朝、ロベスピエールはようやくペンを置いた。
立ち上がり、窓を開けた。3月のパリの冷たい空気が、閉め切った執務室に流れ込んだ。セーヌ川の匂い。パン屋の竈の匂い。馬糞の匂い。生きている街の匂いだった。
ロベスピエールは、7枚の紙を順番に並べ直した。
アルゴリズムは、完成していた。
* * *
その日の午後、ロベスピエールは6人の人間を執務室に招集した。
タレーラン。ナポレオン。ラヴォアジエ。ダントン。フーシェ。そしてカミーユ・デムーラン。
6人が席についたとき、部屋の空気が異様に重かった。全員が、現在の危機を理解していた。全員が、ロベスピエールの口から何が出てくるかを予測できずに待っていた。
「諸君。状況を整理する」
ロベスピエールが、机の上の7枚の紙を裏返しにしたまま指で示した。
「内部の問題は3つ。公害。データの粉飾。テロリズム。外部の問題は一つ。ピット首相による対フランス同盟の再結成。合計4つの問題を、同時に解決する必要がある」
「同時に?」
ダントンが眉を顰めた。
「一つずつ片付ける方が確実じゃないのか」
「時間がない。ピットは今この瞬間にも、ウィーンとベルリンに外交文書を送っている。我々が内部問題に手間取っている間に、包囲網が完成する。だから一手で、4つの問題全てを片付ける」
「一手で4つ。正気か」
「正気だ。聞いてくれ」
ロベスピエールが、7枚の紙を表に返した。
* * *
第一手。情報のコントロール。
「まず、公害の全貌をあえてガラス張りにする」
部屋が、静まった。
「ガラス張り?」
ラヴォアジエが、顔を上げた。化学者の顔は、この3日間でさらに痩せていた。自分の発明が人を殺している事実を、この男は誰よりも深く苦しんでいた。
「そうだ。隠さない。隠蔽しない。むしろ、我々の方から、すべてのデータを公開する」
「公開?民衆の怒りが爆発するぞ」
ダントンが立ち上がりかけた。
「爆発させる。ただし爆発の方向を制御する」
ロベスピエールの声が、一段低くなった。
「ダントン。民衆は今、怒っている。だが、何に怒っているのか。公害にか?違う。民衆が最も怒っているのは、データが改ざんされていたことだ。嘘をつかれたことだ。自分たちのシステムが、自分たちに嘘をついていたことだ」
「……そうだ。確かに」
「ならば嘘をついた者を、罰すればいい。嘘をついた者を特定し、公開し、罰する。怒りの矛先を、『国家』から、『国家の中で嘘をついた管理者たち』に、移す」
ロベスピエールが、フーシェの報告書を机の上に広げた。
「フーシェの調査で、データを改ざんした者の名簿は完成している。ラメット伯爵を含む産業委員会の委員3名。ルアーブル工場の現場監督2名。中央準備基金の統計部門の職員1名。計6名だ」
「彼らをどうする」
「逮捕はしない。処刑もしない。社会的に抹殺する」
部屋の空気が、さらに冷えた。
「第四十七条に基づき、彼らの全資産を没収する。『国家の経済指標を意図的に改ざんし、システムの健全性を損なった者』として。没収された資産は、国庫に移管し、ルアーブルの被害者への補償基金に充てる」
「ギロチンの代わりの財産没収か」
タレーランが、杖の握りを指で叩きながら言った。
「肉体は殺さない。だが、社会的な生命を絶つ。風刺画家マラトに賞を与えて無力化したのと、ちょうど逆だな。あちらは賞で抱擁して牙を抜いた。こちらは没収で排除して見せしめにする」
「その通りだ。そしてこの処分を、カミーユに報道させる」
デムーランが、顔を上げた。
34歳の吃音のジャーナリスト。幼少期からの親友。この男は、3か月前に、自分の力で公害の真実を暴いた。ロベスピエールの指示ではなく、自分のジャーナリストとしての嗅覚で。
「カミーユ。君の筆で、データを改ざんした者たちの名前と罪状を詳細に報道してほしい」
「……それはできる。だが、ロベスピエール。一つ、確認させてくれ」
「何だ」
「報道は、自由に、やっていいのか。君の検閲は、入るのか」
沈黙。
ロベスピエールとデムーランの目が、合った。幼馴染みの2人の目。ルイ=ル=グラン学院の校庭で、一緒に走り回った少年たちの目。
もう一つの未来で、ロベスピエールはこの男を断頭台に送った。カミーユが「寛容の政治」を新聞で訴え、恐怖政治に異を唱えたために。親友の首を切った。親友の妻リュシルの首も切った。
この時間軸では、カミーユは生きている。リュシルも生きている。2人の子供も生きている。だが、カミーユの目にはジャーナリストの警戒心が光っていた。権力が報道を利用しようとしていることを、この男は本能で嗅ぎ取っていた。
「検閲は入れない」
ロベスピエールが答えた。
「君の筆は、自由だ。何を書いても構わない。事実だけを。データだけを。ただし、事実は十分に強力だ。改ざんの証拠。被害者の名前。没収される資産の額。事実を書くだけで、民衆の怒りは、自然に、正しい方向に向く」
「正しい方向に……向くか」
デムーランの目に、疑念が残っていた。だが、彼は頷いた。事実を書くことは、ジャーナリストの本分だ。事実を操作するのではなく、事実を選択することは許容範囲だ。たぶん。
「わかった。書く。だが、俺の、ペンを、止めようとする奴が、いたら、相手が、誰であろうと、たとえお前であっても、俺は書くぞ、ロベスピエール」
「期待している」
* * *
第二手。テロルの逆利用。
「次に、バスティーユ爆破事件の対外的な処理について」
ロベスピエールが、タレーランに目を向けた。
「タレーラン。ピットがデムーランの記事をヨーロッパ中にばら撒いている。公害の事実をフランスの弱点として喧伝している。だが、バスティーユの爆破事件は、まだ各国の宮廷に詳細が伝わっていない。この事件の『意味』を我々が定義する」
「意味を定義する?」
「爆破事件をテロリズムとしてではなく研究事故として発表する」
タレーランの薄い唇が、かすかに動いた。笑みではなかった。感嘆だった。
「研究事故、か」
「そうだ。国民科学研究所の化学実験施設で、新型肥料の研究中に、不安定な化合物が暴発した。バスティーユの隣接区画に設けられた臨時研究棟で起きた事故であり、テロリズムの証拠はない。この説明を、外交文書として、全ヨーロッパの宮廷に送付する」
「それは嘘だな」
「嘘だ。だが、この嘘は、ピットの策略を無効化する」
ロベスピエールの声が、冷たく、正確になった。
「ピットが各国の宮廷に送っているメッセージは、『フランスの内部崩壊はヨーロッパの安全への脅威だ』というものだ。公害と、テロリズムと、社会不安。この三つが揃えば、軍事介入の口実になる。だが、テロリズムが研究事故に置き換われば三つのうち一つが消える。残るのは公害と社会不安だけだ。公害と社会不安だけでは、軍事介入の正当化は難しい。公害はフランスの国内問題であり、社会不安は我々が第一手で処理している」
「テロリズムの証拠を隠蔽するのか」
フーシェが、蒼白い顔で口を挟んだ。
「フーシェ。犯人はすでに逮捕されている。裁判は行う。だが、罪状は『違法な化学物質の製造・所持』であり、『テロリズム』ではない。国内法上の犯罪として処理する。政治犯ではなく、刑事犯として。これにより、外部に対しては『研究事故』の説明が維持され、内部に対しては法的秩序が保たれる」
タレーランが、杖を一度、床に突いた。
「……完璧だな。ピットが対フランス同盟の根拠として使おうとしている『テロリズム』という最も強力なカードを、カードが配られる前にテーブルから除去する」
「同盟の基礎を崩す。ピットが同盟を呼びかけても、各国の宮廷はテロリズムの証拠がなければ軍事介入に踏み切る動機を持たない。公害問題だけでは、軍を動かす口実にならない。イギリス自身のテムズ川が同じように汚染されているのだから」
「ピットのダブルスタンダードを突く。悪魔的だな、ロベスピエール」
タレーランの声には、純粋な職業的敬意があった。
* * *
第三手。環境対策の規格化。
「ラヴォアジエ殿」
ロベスピエールが、化学者に向き直った。
ラヴォアジエの顔は、蒼白だった。自分の発明が人を殺し、川を殺し、テロリストに爆薬を与えたその事実の重さが、51歳の化学者の背中を曲げていた。
「ラヴォアジエ殿。あなたの発明は人を傷つけた。それは事実だ。だが、あなたの発明自体が悪いのではない。発明の使い方が管理が不十分だったのだ」
「……管理の不備は、私の責任だ」
「あなた一人の責任ではない。システム全体の責任だ。だが、責任の所在は後で議論する。今、必要なのは対策だ」
ロベスピエールが、7 枚の紙の3枚目を示した。
「アニリン染料の製造工程において、労働者の安全と環境の保護を確保するための、包括的な基準を策定してほしい」
「包括的な、基準」
「そうだ。具体的には、保護具の規格化。製造区画の換気装置の設置基準。アニリンの取扱いに関する教育プログラム。廃水の中和処理プロセス。工場周辺の河川の水質監視基準。すべてを、科学的根拠に基づいて、定量的に定義してほしい」
ラヴォアジエの目が変わった。蒼白な顔にかすかに科学者の光が戻ってきた。
「定量的に。つまり測定可能な基準を」
「そうだ。『安全に注意する』では足りない。『換気装置は毎時三300立方メートルの空気を排出する能力を持つこと』『廃水のアニリン濃度は1リットルあたり0.1ミリグラム以下に中和処理すること』そういう、数字で定義された基準だ」
「それは可能だ。いや、やらねばならない。2週間で、草案を作る」
「2週間で十分だ。そして、この基準を、単なる工場の内規としてではなく国家規格として制定する」
ラヴォアジエが、眉を上げた。
「国家規格?」
「フランス共和国・安全環境基準。略称SEN(Sécurité Environnementale Nationale)。フラン経済圏内のすべての化学製造施設に、この基準の遵守を義務づける。違反した施設はフラン経済圏での製品の販売・取引を禁止する」
ナポレオンが、窓際で腕を組んだまま、口を開いた。
「なるほど。度量衡の統一と同じ構造だな。メートル法を統一したように、安全基準を統一する。規格を守らない者は市場から排除される」
「その通りだ。メートル法がフラン経済圏の物流インフラなら、SENはフラン経済圏の環境インフラだ。そして、ここからが核心だ」
* * *
第四手。悪魔的オープンソース化。
ロベスピエールは、7枚の紙の最後の2枚を広げた。
「アニリンの合成方法を無償で公開する」
部屋が、凍った。
6人の男たちの顔が、一斉に変わった。
「公開?」
ナポレオンが腕を解いた。
「おい、正気か。アニリンの合成技術は、フランスの産業革命の核心だ。この技術を公開すればヨーロッパの全ての国が、自前で染料を製造できるようになる。フランスの独占が崩れる」
「崩れない」
ロベスピエールが、即答した。
「ナポレオン。技術を公開しても、独占は崩れない。なぜなら技術だけでは、製品は作れないからだ」
「どういう意味だ」
「アニリンの合成方法は公開する。誰でも学べるようにする。だが、アニリンを使って製品を作り、その製品をフラン経済圏で販売するためにはSENの認証が必要だ。認証を受けるためにはSENが定める安全環境基準をクリアした設備と、ライセンスが必要だ」
沈黙。
「技術は教える。だが、ルールは我々が決める」
ロベスピエールの声が、さらに低くなった。
「SENの認証を取得するためには、工場の換気装置がSEN規格を満たしていなければならない。廃水処理施設がSEN規格を満たしていなければならない。労働者の保護具がSEN規格を満たしていなければならない。そして、SEN規格の適合審査は、フランス国民科学研究所の認定審査官のみが実施できる」
タレーランの杖が床から離れた。持ち上がった。宙に浮いた。跛行の外交官は、杖を振り上げることで驚きを表現しようとしていたのか。いや、違う。タレーランは笑いを堪えていたのだ。
「……悪魔だ」
タレーランが、低い声で言った。
「悪魔的だ、ロベスピエール。つまり、こういうことだ。アニリンの合成方法を全世界に公開する。無償で。太っ腹に。学問の自由と科学の進歩を讃えるフランスの共和主義精神として」
「そうだ」
「世界中の国が、自国でアニリンを合成し始める。イギリスが。プロイセンが。オーストリアが。だが、合成した染料をフラン経済圏で販売するためには、SENの認証が必要だ。認証を取得するためには、フランスが定めた安全環境基準をクリアしなければならない。基準をクリアするためには、フランス製の換気装置を買い、フランス製の廃水処理施設を導入し、フランスの認定審査官を雇わなければならない。つまり」
「つまり、技術を公開すればするほど我々の規格が世界標準になる」
ナポレオンの目が、見開かれた。
「……製品ではなく、ルールを売る」
「そうだ。染料を売るのではない。染料を作るルールを売る。染料はどの国でも作れる。だが、ルールはフランスしか作れない。なぜなら、ルールの根拠となる科学的データを持っているのは、ラヴォアジエ殿の研究所だけだからだ」
ラヴォアジエが、震える声で口を開いた。
「つまりSENの基準値は、私の研究データに基づいて設定される。その基準値を変更できるのも、更新できるのも、私の研究所だけだ。フランスが基準を変えれば、世界中の工場が、新しい基準に適合するために、設備を更新しなければならない。設備の更新にはフランス製の機器が必要になる」
「永続的な収入源だ。一度きりの製品販売ではなく、規格のメンテナンスによる恒久的なライセンス料の徴収」
ナポレオンが、地図の前に歩み寄った。
「さらに公害のリスクを、フランス国外に移転できる」
「その通りだ。各国が自国でアニリンを製造すれば公害は、各国の国内問題になる。フランスは染料の製造を、徐々に、国内から国外に移転する。ルアーブルの工場は最終的には研究開発と品質管理と規格審査の拠点に転換する。汚れ仕事は他国に任せ、フランスは規格とライセンスで利益を吸い上げる」
「公害のアウトソーシング」
フーシェが、蒼白い顔で、静かに言った。
「そうだ」
「……恐ろしい男だ、ロベスピエール」
「何度も言われた」
「だが、今回のは、まるで質が違う」
フーシェの灰色の目が、ロベスピエールを見つめた。カメレオンの目。あらゆる権力者に取り入り、あらゆる体制を渡り歩いてきたいや、この時間軸では、まだ渡り歩いていない冷血動物の目。
「今回のお前は単なる製造国から、世界のルールを決める国にフランスを変えようとしている。染料を作る国から、染料を作るルールを作る国に。それは、もはや国家ではない。プラットフォームだ」
「プラットフォーム」
ロベスピエールが、その言葉を反芻した。フーシェの口から出た言葉だったが、それはロベスピエールが7枚の紙の上で設計したアルゴリズムの本質を一語で表現していた。
フランス共和国は、もはや、一つの国家ではない。
フランス共和国はプラットフォームだ。
フランの通貨が決済の基盤を提供し、ナポレオンの道路が物流の基盤を提供し、ラヴォアジエの科学が技術の基盤を提供し、そしてSENが安全環境の基盤を提供する。すべてがフランスによって設計され、フランスによって管理され、フランスによって更新される。世界中の国が、このプラットフォームの上でフランスのルールに従って経済活動を行う。
参加は自由だ。強制はしない。だが、参加しなければフラン経済圏の市場にアクセスできない。市場にアクセスできなければ利益が得られない。
自発的な参加。自発的な従属。ルイ・カペーが自発的に時計を作り、アントワネットが自発的に菜園を耕し、教皇が自発的にフラン経済圏に入ったように。
同じ構造の、世界規模への拡張。
* * *
6人の男たちが、それぞれの役割を確認した。
「デムーラン。データ改ざんの全貌を、新聞で報道しろ。事実だけを。正確に。容赦なく」
「了解した」
「ダントン。右院の調査委員会で、被害者への補償基金の設立を議決しろ。没収されたラメットたちの資産を財源にする」
「わかった」
「タレーラン。バスティーユ事件の研究事故説を、全ヨーロッパの宮廷に外交文書で通達しろ。ピットの同盟工作を無効化しろ」
「今夜中に起草する」
「ナポレオン。ルアーブルの工場の生産体制を、SENの草案に基づいて即座に改修しろ。廃水処理施設の増設。換気装置の導入。保護具の支給。2か月以内に」
「やる」
「ラヴォアジエ殿。SENの草案を2週間で完成させてくれ。アニリンの毒性データ。安全な取扱い方法。廃水の中和処理プロセス。すべてを、科学的根拠に基づいて」
「必ず」
「フーシェ。ピクリン酸の流通経路を完全に遮断しろ。工場からの原料の持ち出しを防ぐ監視体制を構築しろ。そしてパリ市内の元工員12名の動向を、密かに監視せよ」
「了解した。ロベスピエール。一つ確認だ」
「何だ」
「アニリン合成技術の無償公開はいつ実施する」
「SENが制定された後だ。規格が先。公開は後。順序を間違えるな。規格なしに技術を公開すれば、世界中で公害が発生し、フランスが非難される。規格を先に制定し、『フランスは安全な製造方法とセットで技術を公開する責任ある国家である』という姿勢を見せる」
「なるほど。順序が、すべてだな」
「順序がすべてだ。アントワネットをローマに送ったときと同じだ。先にアントワネットが入れば救済。先に測量士が入れば侵略。同じ行為が、順序を変えるだけで、正反対の意味を持つ」
* * *
6人が退出した後、ロベスピエールは一人になった。
机の上には、7枚の紙が残されていた。3日間の計算の結晶。4つの問題を同時に解決するアルゴリズム。
だが、ロベスピエールの胸には解決の充実感ではなくかすかなしかし確実な不安が残っていた。
公害のデータ改ざんを暴き、管理者を罰した。だが、それは対症療法だ。データを改ざんした人間を罰しても、データを改ざんする動機は消えない。第四十七条のペナルティ構造が存在する限り、経済指標を守るためにデータを改ざんする誘因は永遠に残り続ける。
テロリズムを研究事故として隠蔽した。だが、テロリストを生み出す構造は消えない。公害によって健康を害され、職を失い、社会から排除された人々がいる限り、暴力のエネルギーは別の形で再び噴出する。
SENを制定し、技術を公開し、プラットフォーマーとして世界を支配する。だが、プラットフォームの支配者は、プラットフォームのすべてのバグに責任を負う。世界中でSENの認証を受けた工場が稼働し始めれば、世界中の公害がフランスの責任として問われることになる。
解決策のそれぞれが、新しい問題の種子を含んでいる。
バグを修正するたびに、新しいバグが生まれる。
バグのないコードは存在しない。
ロベスピエールは、壁に掛けられた風刺画を見上げた。『自由を数えた男たち』。帳簿に没頭する自分たち。自由の女神に背を向ける自分たち。
あの絵の画家マラトは、賞を与えて飼い馴らした。
ラメット伯爵は、資産を没収して社会的に抹殺した。
バスティーユの爆破犯は、研究事故として隠蔽した。
どれも、不誠実な解決策だ。タレーランが言ったように、ロベスピエールの不誠実は「苦しんでいる不誠実」だ。贖罪としての不誠実だ。だが、贖罪が重なるたびに、贖われるべき罪も重なっていく。
ロベスピエールは、蝋燭の炎を吹き消した。
暗闇の中で、パリの夜の音が聞こえた。犬の遠吠え。夜番の足音。セーヌ川の水音。そして、どこか遠くからラ・マルセイエーズの旋律がかすかに聞こえてきた。酔った男が、帰り道に、口ずさんでいるのだろう。
進め、市民よ
隊列を組め
進め、進め
労働の汗で
我らの畑を潤せ
労働の汗で。
だが、ルアーブルの工場の労働者たちの汗は、畑ではなく川を潤していた。紫色の川を。
ロベスピエールは、暗闇の中で、デュプレ家への帰路についた。
パリの夜の通りを歩きながら、もう一つのことを考えていた。
フーシェ。
あの蒼白い顔の男。カメレオン。今日の会議で、フーシェは控えめだった。割り当てられた任務を淡々とこなすだけだった。だが、ロベスピエールは知っていた。フーシェの本当の能力はまだ発揮されていない。
バスティーユの爆破事件はフーシェにとってチャンスだ。
危機を利用して、通常なら受け入れられない政策を実行する。ショック・ドクトリン。フーシェは五年後の記憶の中でまさにそれを得意とした男だった。
フーシェは、もうすぐ、動き出す。
ロベスピエールは、それを許すことになるだろう。
なぜなら、フーシェの提案はロベスピエールのシステムの論理的な帰結だからだ。
一滴の血も流さないシステムの、最も暗い延長線。




