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ソーヌ川の亡霊

タレーランの机の上では、書類は二つの山に分けられる。

燃やすものと、使うものだ。


その朝、ロンドン経由で届いた包みは、開く前から二つ目の山に積まれることが決まっていた。包みの中身は、英国海軍省の控えの間を経由した一連の写しだった。

アメリカ人技師の名で提出され、却下された、蒸気推進船舶の計画書。それに添えられた、バーミンガム発の意見書の要約。


外交官は、計画書の図面を一枚、灯りに翳した。

船が走っていた。紙の上で、だ。

だが奇妙なことに、この図面は乾いた技術書類の顔をしていなかった。陰影の置き方、水の白の散らし方。これを引いた手は、線で人を説得する術を知っている。タレーランは外交文書を読むのと同じ目で図面を読んだ。文書とは、書かれている内容ではなく、書いた人間の欲望で読むものだ。この図面の欲望は明快だった。信じさせたい。


次に、意見書の要約に目を走らせた。時期尚早。独創性なし。フランスのための技術調達の疑い。


タレーランは薄く笑った。


嫉妬というのは、外交官にとって最も信頼できる通貨だ。相場が崩れない。

ソーホーの老人は、自分の帝国を守るために帝国の検閲官を動かした。その結果、大英帝国は何を得たか。何も得ていない。何を失ったか。それはこれから分かる。


彼は秘書を呼び、二通の手紙を書いた。

一通は国民科学研究所のラヴォアジエ宛。包みを同封し、短く記す。


「——英国が才能を一人、関税もかけずに輸出してくれるそうだ。受け取りの署名は貴殿の研究所でお願いしたい。聞けば当人は、亡きフランクリン博士の紹介状を持って、すでにパリへ向かう船の上とか。手間が省けるとはこのことだ」


もう一通の宛先を書く前に、タレーランは少し考えた。

計画書の図面には外輪の機構に既視感があった。20年近く前、ソーヌ川で。一万人が見て、アカデミーが見なかった、あの船。


杖を引き寄せ、彼は二通目の宛名を書いた。

ブザンソン近郊、アバン城。ジュフロワ・ダバン侯爵殿。

死蔵された才能ほど、安く買えて高く売れるものはない。それを知っているのが、自分の仕事だった。



* * *



呼び出しの手紙は、フルトンがパリに着いて10日目に届いた。


最初の10日は、夢のように過ぎていた。

フランクリンの紹介状は、ラヴォアジエの研究所の扉を軋み一つなく開けた。

白い実験衣の化学者は紹介状を読み、それからフルトンの持参した図面を読み、紹介状よりも図面を長く読んだ。質問は的確で、容赦がなく、そして一度も「時期尚早」とは言わなかった。代わりにこう言った。「外輪の効率の数字は楽観的に過ぎる。だが、楽観は修正できる。絶望と違ってね」


その研究所に呼び出しの手紙は届いた。差出人の名を見て、フルトンは息を呑んだ。


ジュフロワ・ダバン。


その名前をフルトンは知っていた。蒸気の船を夢見る人間で、知らない者はいない。

1783年、ソーヌ川。世界で初めて蒸気の力だけで川を遡った船、ピロスカフ。製図室の片隅で囁かれる、半ば伝説の名前。そして、伝説の常として、その後日談を、誰も語らない名前。


手紙の文面は、簡潔だった。


「——貴殿の計画書を読んだ。話したい。セーヌ左岸、グルネル河岸の三番倉庫に来られたし」


計画書を読んだ、とある。

フルトンは、自分の荷物を確かめた。

計画書の原本は筒の中にある。ラヴォアジエに見せた写しも、手元に戻っている。では、この侯爵が読んだ計画書とは、どの計画書だ。


グルネル河岸への道すがら、フルトンの胸の中では、二つの感情が場所を取り合っていた。


ひとつは、巡礼に似た高揚。生ける伝説に会える。

もうひとつは、霧の記憶だった。ロンドンで学んだばかりの、あの法則。先駆者とは、後から来る者にとって、扉であるとは限らない。壁であることのほうが、ずっと多い。

ソーホーにいた偉大な老人は、壁だった。では、アバンの伝説は、どちらだ。


倉庫の扉は、川風に軋んでいた。


フルトンは、扉を押した。


* * *


中は薄暗かった。

高窓から落ちる午後の光が床に斜めの帯を引いている。埃の匂い。古い木と、古い鉄と、機械油の匂い。その光の帯の中に机がひとつ置かれ、書類が広げられていた。


フルトンは近づき、そして、足が止まった。

自分の図面だった。

蒸気船の側面図。外輪の機構図。ホワイトホールに提出し、却下され、返却すらされなかった、あの最終稿の写しが、セーヌ左岸の埃っぽい倉庫の机に、広げられていた。


「驚いたかね」


声は、暗がりから来た。

光の帯の外、積み上げられた木箱の間から、男が歩み出てきた。40代半ば。背が高く、痩せている。仕立ての良い、だが10年は型の古い上着。歩き方に軍人の名残りがあり、目元に貴族の名残りがあり、そして手だけが節くれて、油の染みが落ちきらない、職人の手だった。


「ジュフロワ・ダバンだ」


「ロバート・フルトンです。——閣下、お伺いたい。なぜ、これがここに」


「閣下はよせ。共和国では侯爵は埃と同じ扱いだ。払われなかっただけありがたい」


男は机の前に立ち、図面の一枚を指で叩いた。


「経緯は単純だ。君の計画書はロンドンの役所の棚で眠っていた。フランスには、他国の役所の棚を自分の書庫だと思っている男がいる。その男の手の者が写しを取り、しかるべき筋としてラヴォアジエ氏の研究所に送られ、氏が私に転送した。『共同開発の可能性を検討されたし』という、依頼の形をした命令と一緒にな」


「諜報——」


「外交、と彼らは呼ぶ。慣れることだ。この国では、才能は国家が買い上げる。君は英国で売れ残った。フランスが落札した。それだけの話だ」


ダバンの物言いは、ぶっきらぼうだった。だがフルトンは、その乱暴さの底に、別のものを聞き取っていた。図面を叩いた指が、図面の上で、わずかに止まったままだったからだ。まるで、紙の下の船に触れているように。


「率直に言おう」とダバンは言った。「この外輪の機構図を見たとき、私は君を憎もうとした」


フルトンは、黙った。


「四十三歳の男が、十二年前に自分の引いた線を、見知らぬ若いアメリカ人の図面の中に見つける。しかも改良されて、だ。私の歯車伝動の癖まで、君は無意識になぞっている。どこで見た。ソーヌの記録は公刊されていない」


「——ロンドンの技術者仲間の間で、写しが回っていました。出所は知りません。私はそれを、聖典のように写しました」


「聖典。聖典、か」ダバンは、その言葉を噛むように繰り返した。

「私の船は聖典になっていたか。海の向こうで。若い連中の製図室で」


「あなたは知らなかったのですか」


「私が知っているのは」と、ダバンは机を離れ、倉庫の奥へ歩きながら言った。「フランスの役所の棚の中身だけだ。来たまえ。君に見せるために、ブザンソンから運ばせたものがある」


* * *


倉庫の奥に、帆布を掛けられた一角があった。


ダバンが帆布の端を掴み、引いた。埃が、光の帯の中で渦を巻いた。


機関だった。


古い、蒸気機関。複動式のシリンダー。ラチェットの伝動装置。そして、解体された外輪の、巨大な木の骨組み。クランクには深い傷が走り、シリンダーの基部には、応力で裂けた鋳鉄の補修痕が、何重にも重なっていた。


「ピロスカフの心臓だ」とダバンは言った。「船体は薪になった。これだけは、薪にできなかった」


フルトンは、近づいた。手を伸ばし、触れる前に、ダバンを見た。ダバンが頷いた。


指先に、冷たい鋳鉄。


12年前、この金属の塊が、世界で初めて、風にも流れにも借りを作らず、川を遡ったのだ。


「1783年、7月15日」

ダバンの声が、フルトンの背中で、報告書を読み上げるように響き始めた。だがその平坦さは、ラヴォアジエの平坦さとは違った。これは、何百回も繰り返して、感情の角が磨り減った声だ。


「リヨン。ソーヌ川。午後。船長40メートル、排水量180トン。河岸に1万人。私は艫に立っていた。釜は焚かれ、圧は上がり、私が合図を出すと、機関士がバルブを開いた」


ダバンは、解体された外輪の骨組みに、手を置いた。


「外輪が、水を掴んだ。最初の一掻きで、船体がぶるりと震え、1万人が静かになった。次の一掻きで、船首が流れを切った。三度目で、岸の景色が後ろに動き始めた。流れに逆らって、だ。帆はない。櫂もない。曳き綱もない。あるのは火と水だけだ。そして四度目の一掻きで——」


声が、一拍、止まった。


「——歓声が来た。川の両岸から一斉に。私はあの音を、体で聞いた。耳ではなく、だ。歓声が外輪の振動と混ざって、甲板から足の裏を昇ってきて、胸の中で、熱い湯のように溢れた。15分間、私の船は川を遡った。15分間、私はこの世の誰も立ったことのない場所に、立っていた」


フルトンは、振り返らなかった。振り返れば、見てはいけないものを見る気がした。


「機関は15分で船体を傷め始めた。打撃が強すぎて、肋材が緩んだ。分かっていたことだ。直せることだった。金と、時間と——承認さえあれば」


ダバンの声から、湯気が消えた。


「私はパリに報告を送った。特許を申請した。アカデミーの裁可が要る、と言われた。アカデミーは検査官を任命する、と言われた。私は待った。任命された検査官の名前を聞くまで、待つことは苦ではなかった」


「誰だったのですか」


「ペリエ」


その名前は、鋳鉄よりも硬い音で、倉庫に落ちた。


「ジャック=コンスタンタン・ペリエ。シャイヨーの製作所の主。フランスにワットの機関を最初に持ち込んだ男。水道会社を起こし、パリ中の蒸気の利権を握る男。——そして、私より8年早く蒸気船を試みて、失敗した男だ」


ダバンは、ようやくフルトンに向き直った。逆光の中で、その表情は読めなかった。読めないように、立ったのかもしれなかった。


「君は、ロンドンで何があったか、ラヴォアジエ氏から聞いているだろうという顔をしているな。ワットが君の道を塞いだ。権威の嫉妬だと。——いいか、フルトン。私の話は、それより質が悪い」


「質が、悪い」


「ワットは君の他人だ。ペリエは——私の師だった」


* * *


ダバンは、木箱のひとつに腰を下ろした。長身を折り畳むその仕草に、初めて年齢が出た。


「1773年。22歳の私は、シャイヨーの製作所に通っていた。蒸気ポンプを学ぶためだ。ペリエ兄弟は私に機関のすべてを見せてくれた。シリンダーの中身も、帳簿の中身もだ。兄のジャック=コンスタンタンは、手ずから私に図面の引き方を直してくれた。『侯爵の指は図面向きじゃない。剣を握る間隔で鉛筆を握っている』と笑いながらな。私はあの製作所で、貴族の子から技術者になった」


フルトンは、光の帯の縁に立ったまま、聞いていた。


「だから、決裂したときの話も、技術の話なのだ。それが救いがたい。ペリエは1775年、セーヌで蒸気船を試した。一馬力の機関でだ。船はまともに進まず、彼は結論を出した。『蒸気機関の出力対重量比では、船舶の推進は原理的に成立しない』。彼ほどの男が、実験までして出した結論だ。重い。アカデミーにも、その重さのまま受け取られた」


「ですが、あなたはソーヌで——」


「成立させた。三馬力でな」ダバンは頷いた。「そこが、問題だった。私は計算で示したのだ。彼の失敗は原理の失敗ではなく、出力の見積もりの失敗だと。船体抵抗に対して、最低三馬力。彼の一馬力は、最初から足りていなかった。私はそれを、アカデミーの席上で、図表にして彼の30年の経験の前に、突き付けた」


ダバンは、自分の両手を見た。


「22歳の私に図面を教えた手が、その席で、私の図表を机の端へ押しやった。一言だけ言った。『計算は若い。川は老いている』。——以後、ペリエは私の名前を口にしない。一度もだ。憎まれているのではない。それなら、まだ戦える。私は――存在しないことにされたのだ」


「検査は」


「行われなかった。延期に次ぐ延期だ。理由は毎回違い、署名は毎回同じ筋だった。シャイヨーの機関なしには、フランスでは蒸気の釜ひとつ満足に焚けない。ペリエに干された者には、鋳物屋も、職人も、出資者も、扉を閉じる。私は領地に戻った。机の上の計算は12年分、進んだ。机の外では、少しも進まなかった」


倉庫の高窓で、川鳥の影がよぎった。


「君を呼んだ理由を言う」


ダバンは立ち上がった。


「ラヴォアジエ氏の命令だから、ではない。君の図面の中に私の線を見つけたからだ。だが、それだけではない。君の計画書の余白に、君は外輪の打撃問題への対策を3案、走り書きしていた。3案とも、私が12年かけて机上で辿り着いた答えと、同じ場所を向いていた。君は12年を、独りで追いついた。私はあの晩、決めなければならなかった。ワットになるか、ならないかを」


フルトンの喉が、動いた。


「ソーホーの老人は自分の機関の先を描く者を敵と呼んだ。正直に言えば、同じ理屈が私の中にもあった。同じ言葉で、君を讒言する文章を頭の中で三通は書いた。嫉妬は文章が上手い」


ダバンは、机に戻り、フルトンの図面を両手で揃えた。


「だが私には、ワットにない持ち物がひとつある。存在を消された側の記憶だ。机の端へ押しやられる図表がどんな音を立てるか、私は知っている。あの音を次の世代に聞かせる側に回ったら、私のソーヌの15分はただの昔話になる。そうなったら――本当に、私は亡霊だ」


彼は揃えた図面をフルトンに差し出した。


「共同開発を受ける。私の12年分の計算は、すべて君に開く。条件はひとつだ」


「何でしょう」


「完成した船の最初の航走で、私を艫に立たせろ。指揮は要らん。艫の隅でいい。あの振動を、足の裏で、もう一度聞きたい」


フルトンは、図面を受け取った。


そして、受け取った自分の図面が来たときよりも重くなっていることに気づいた。紙の重さは変わらない。載ったものが、変わったのだ。


「光栄です」と彼は言った。それから、技術者の癖で、すぐに問題の核心へ戻った。「ですが、機関はどうします。三馬力どころではない、船級の複動機関を鋳れる工房は、フランスには」


「ひとつしかない」とダバンが言った。「シャイヨーだ」


二人は、黙った。


高窓の光が傾いて、ピロスカフの古い機関の影が、床の上で長く伸びていた。道は開けた。

そしてその道は、まっすぐに、12年前にダバンを葬った男の製作所シャイヨーの門へ、続いていた。


「フルトン」と、やがてダバンが言った。「君は英国で、権威に図面を潰された。私はフランスで、師に存在を消された。我々は揃って、爆発の専門家ではないが、不発の専門家ではある」


「次は、不発にしない方法を考えましょう」


「ある」とダバンは言った。「君だ。私が行けばペリエは席を立つ。だが君は、あの兄弟にとって、まだ白紙だ。せいぜい上手に、描いてみせることだ」


川風が、倉庫の扉を、もう一度軋ませた。


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