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新コンスタンティヌス ——教皇の財務的降伏——

1793年。晩秋。


ローマが変わり始めていた。

変化は石畳から始まった。


ヴィア・デッラ・コンチリアツィオーネの前身にあたる、サン・ピエトロ広場に至る狭い街路の石畳が剥がされていた。何百年もの間、馬車と巡礼者の足に踏み固められ、雨水で浸食され、轍と穴だらけになっていた古い石畳が、フランスの土木作業員たちの手で、一枚一枚、丁寧に取り除かれていく。


代わりに敷き詰められたのは、ナポレオンの規格に準拠した新しい石畳だった。均一な大きさ。均一な厚さ。均一な間隔。石と石の隙間にはラヴォアジエの改良セメントが流し込まれ、雨水が浸透しない防水構造が施されている。路面の両側には排水溝が掘られ、勾配は正確に二パーセントに設計されている。


当初、ローマ市民は戸惑った。


自分たちの街の石畳が、外国人の手で剥がされている。それは言葉にならない不安を古い記憶の底から呼び覚ました。蛮族の侵入。ゴート族がローマを略奪した西暦四一〇年。ヴァンダル族が街を蹂躙した四五五年。ローマ市民の集合的記憶の中には、外国人が街に入ってくることへの根源的な恐怖が刻み込まれていた。


だが、今回の外国人は略奪しなかった。

むしろ、与えた。


新しい石畳。排水溝。街灯。パリで試験導入されたガス灯が、ローマの主要街路にも設置され始めた。サン・ピエトロ広場への道が夜も明るく照らされるようになった。巡礼者が深夜にローマに到着しても、暗闇の中を手探りで歩く必要がなくなった。


そして最も重要なことに、フランスの土木作業員たちはローマで金を使った。


パン屋で朝食を買い、トラットリアで昼食を取り、宿屋に泊まり、市場で果物と野菜を買った。すべてフランで。フランがローマの小さな店の金庫に入り始めた。

最初は困惑したパン屋の主人も、フランの安定性と購買力を実感し、翌月には近隣の農家との取引にもフランを使い始めた。


波紋が広がっていく。


パリで三年前に起きた通貨浸透の小さな再現が、テヴェレ川の両岸で静かに進行していた。


* * *


十一月。


道路整備の最初の区間であるローマ市内の巡礼路約三キロメートルが完成した。


完成式典はピウス六世自身が執り行った。教皇は白い法衣を纏い、枢機卿団を従え、サン・ピエトロ大聖堂からローマ市内を歩いた。新しい石畳の上を。ガス灯が両側に並ぶ街路を。排水溝が整備された、清潔な道を。


ローマ市民が沿道に集まった。


最初は様子見だった。外国人が作った道路を教皇が歩く。それを見て、どう反応すべきか。拍手すべきか。沈黙すべきか。抗議すべきか。


だが、教皇が歩き始めた瞬間群衆の中から一つの声が上がった。


「コンスタンティヌス!」


叫んだのは広場の角に立っていた老婦人だった。黒い服を着た、痩せた、歯の欠けた老婦人。彼女の声は小さかったが、石畳に反響して周囲の人々の耳に届いた。


「新しいコンスタンティヌスだ!」


声が伝播した。


コンスタンティヌス大帝。西暦三一三年、ミラノ勅令でキリスト教を公認し、三三〇年に首都をコンスタンティノープルに移した、ローマ帝国最後の大帝。教皇領の起源は、この皇帝がローマ教皇にローマ帝国西半分の統治権を寄進したとされる「コンスタンティヌスの寄進状」に遡る。後に偽作と判明したが、教皇権の正当性を支える神話として千年以上にわたってカトリック世界に浸透していた。


フランスが教皇庁を救済している。フランスの金で道路が整備され、フランスの技術でガス灯が灯り、フランスの資本でローマの経済が息を吹き返しつつある。ローマ市民の素朴な歴史認識は、この構図をコンスタンティヌス大帝の寄進と重ね合わせた。


かつてコンスタンティヌスがキリスト教を保護したように、フランスが教皇庁を保護している。


かつてフランク王国のピピンが教皇にラヴェンナを寄進したように、フランス共和国が教皇に道路を寄進している。


「新コンスタンティヌス!」


「フランス万歳!」


「教皇聖下万歳!」


歓声が広場に広がった。拍手が起きた。花が投げられた。老婦人の声が引き金となった熱狂は、ローマ市民の間をラ・マルセイエーズの旋律のように伝播していった。


ピウス六世は歓声の中を歩きながら、微笑んでいた。

だが、その微笑みの裏に教皇だけが知っている深い苦さがあった。


* * *


完成式典の夜、バチカン宮殿の書斎。

ピウス六世は一人だった。


枢機卿たちは退出し、侍従も下がらせた。書斎には教皇と、机の上の帳簿と、ラファエロのフレスコ画だけが残った。


教皇は帳簿を開いた。


この三か月で教皇庁の財務状況は劇的に改善していた。フランスからの資本流入。道路建設に伴う現地雇用の増加。フラン建て取引の拡大による商業活動の活性化。

数字はすべて上向きだった。赤字は縮小し、聖職者への給与遅配は解消され、バチカン美術館の維持費も確保された。


だが、教皇の心は晴れなかった。


ピウス六世は、七十六歳の老体を椅子に沈め、天井のフレスコ画を見上げた。天使たちが金色の雲の中で舞っている。ミケランジェロの弟子たちが百年以上前に描いた天使。彼らの目は無邪気で、純粋で、何も知らない目だった。


「天使たちよ」


教皇が呟いた。誰もいない部屋で。


「お前たちは知っているか。この宮殿の門の外で起きていることを。フランスの石畳が、ローマの通りを覆いつくしていくことを。フランスの灯りが、ローマの夜を照らしていくことを。フランスの通貨が、ローマの市場に浸透していくことを」


沈黙。天使たちは答えなかった。


「民はフランスを、新コンスタンティヌスと呼んだ。わしは寄進を受ける側だ。寄進を受ける者は、寄進する者に従うことになる。それが千年の歴史の教訓だ。ピピンがラヴェンナを寄進したとき、教皇はフランク王国の保護下に入った。保護とは支配の別名だ」


教皇が、帳簿のページをめくった。


「フランの流入額。月次推移。九月、三万フラン。十月、七万フラン。十一月、十二万フラン。指数関数的に増加している。このペースで行けば、来年の春には、教皇領の経済活動の過半数がフラン建てになる。教皇領の通貨であるスクードは、リーヴルと同じ運命を辿るだろう。紙屑になる」


教皇が帳簿を閉じた。


「バチカンはフランスの中央銀行のローマ支店となる」


その言葉を口にしたとき、ピウス六世の声は震えていなかった。

怒りでもなく、悲しみでもなく。

諦めだった。

七十六年間の人生で、教皇は多くの戦いに敗れてきた。フェブロニウス主義との戦い。イエズス会問題をめぐる両派からの圧力。ヨーゼフ二世との権力闘争。そのすべてに敗れ、その度に立ち上がってきた。


だが、今回の敗北は質が違った。


今回の敵は、軍隊でも異端でも反教皇主義者でもなかった。敵は帳簿の数字だった。フランという通貨だった。道路と石畳とガス灯だった。信仰の敵ではなく、経済の力だった。


経済に対して、信仰は無力だった。


祈りでは、パンの値段は下がらない。聖書の言葉では、道路は整備されない。教皇の祝福では、帳簿の赤字は黒字にならない。フランだけが、それらすべてを可能にする。


「信仰が数字に買い取られる時代か」


教皇は窓の外を見た。サン・ピエトロ広場が、フランスのガス灯に照らされて青白く光っている。かつて古代エジプトからローマに運ばれた、広場の中央に立つオベリスクが、ガス灯の光の中で、まるで別の時代の遺物のように見えた。


ローマは常に征服者を受け入れてきた。ゴート族を。ヴァンダル族を。ランゴバルド族を。ノルマン人を。フランス王を。神聖ローマ皇帝を。そのすべての征服者が、やがてローマに飲み込まれた。征服者はローマのカトリック信仰を受け入れ、教皇に忠誠を誓い、教会の秩序に組み込まれた。


だがフランスは、カトリックを受け入れているにも関わらず、教会の秩序には組み込まれていない。フランスはカトリックを保護しているが、それは教皇への忠誠からではない。経済的利益のためだ。コンコルダートは教皇を保護する条約ではなく、教皇を管理する契約だ。


この違いを、ピウス六世は正確に理解していた。


だが、理解していても抵抗する力がなかった。


* * *


翌日、教皇は枢機卿会議を招集した。


バチカン宮殿の会議室。赤い法衣の枢機卿たちが、長テーブルの両側に座っている。十二名。教皇庁の最高意思決定機関。


「諸枢機卿。フランスとの関係について、議論したい」


ピウス六世が、静かに切り出した。


枢機卿たちの顔に、さまざまな表情が浮かんだ。歓迎する顔。警戒する顔。困惑する顔。


「聖下。道路の整備は順調に進んでおります」


最初に発言したのは、財務担当のアントネッリ枢機卿だった。教皇庁の金庫番。痩せた体に鋭い目。帳簿を読むことに人生を捧げた男。


「フランスからの資本流入により、教皇庁の短期負債は四割削減されました。聖職者への給与遅配は解消されました。バチカン美術館の維持費も」


「数字は知っている」


ピウス六世が遮った。


「わしが問いたいのは、数字の先にあるものだ。このまま進めば、教皇領の経済は完全にフランス依存になる。フランが止まれば、教皇領の経済も止まる。それは、事実上の従属ではないか」


沈黙。


アントネッリ枢機卿が、帳簿の数字を見つめた。数字は枢機卿にでさえ否定できなかった。


「従属……と申しますか。確かに、フランへの経済的依存は深まっております。ですが、聖下、代替案がございません。オーストリアからの支援は途絶えております。スペインの財政も逼迫しております。教皇庁を支えられるのは」


「フランスだけだ。わかっている」


教皇が、テーブルの上に手を置いた。枯れた手。痩せた指。教皇の指の漁師の指輪が、蝋燭の光を反射した。


「代替案がないことは承知している。だからこそ、わしは受け入れた。アントワネットの提案を。巡礼路の整備を。フランスの資本を。だが、受け入れることと、理解することは別だ。わしは受け入れた。だが、わしが何を受け入れたのかを、諸枢機卿にも理解してほしい」


教皇が立ち上がった。老体がかすかによろめいた。隣の枢機卿が手を差し伸べたが、教皇はそれを静かに退けた。


「わしは教皇庁を、フランスの経済システムの中に組み込んだ。教会の千年の独立を帳簿の数字の前に屈服させた。これは降伏だ。諸枢機卿。われわれは降伏したのだ。ただし」


教皇の目に、かすかな光が戻った。


「降伏の仕方を、選ぶことはできる」


* * *


「降伏の仕方を選ぶ、とは」


保守派のゼラーダ枢機卿が、眉を顰めた。スペイン出身の老枢機卿は、フランスとの関係そのものに反対していた。


「聖下。降伏とは、相手の条件をすべて受け入れることです。降伏の仕方を選ぶなど」


「選べる」


ピウス六世が、断言した。


「コンスタンティヌス大帝がキリスト教を公認したとき、ローマ帝国はキリスト教に降伏したのではない。キリスト教を帝国の道具として取り込んだのだ。だが、結果はどうなった。帝国は滅び、教会は残った。取り込んだつもりの者が取り込まれ、道具にされたつもりの者が主人になった。千年のスパンで見れば、降伏した側が勝つこともある」


枢機卿たちが、顔を見合わせた。


「フランスは今、我々を取り込もうとしている。教皇庁をフラン経済圏の一部として組み込み、カトリック世界の精神的権威を経済システムの隠れ蓑として利用しようとしている。わしはそれを知っている。アントワネットは正直に告げてくれた。あの娘は嘘をつけない娘だ。母親に似ている」


「では」


「では、我々は取り込まれながらも、取り込む側の内部で、教会の本質を守る。フランスの経済力を使って教会のインフラを再建し、教会の教育機能を強化し、信徒の信仰生活を豊かにする。フランスは道路を作る。我々はその道路の上に教会を建てる。道路は朽ちる。教会は残る」


アントネッリ枢機卿が、静かに頷いた。


「具体的にはどのようなお考えですか、聖下」


「三つある」


教皇が、指を立てた。


「第一。フランスが建設する巡礼路の沿道に、新しい教区を設立する。巡礼者と商人が通る道には、宿と教会が必要だ。教会を建て、司祭を配置し、教育活動を行う。フランスの資本で道路が整備されるなら、その道路の沿道で教会が、教育と医療と精神的支援を提供する。道路はフランスのものだが、道路を歩く人々の魂は教会のものだ」


「第二。バチカン美術館の拡充。フランスは芸術祭で文化の力を見せつけた。我々も負けてはならない。教皇庁は千年の芸術遺産を持っている。それをフランスの資本を使って、世界最高の美術館として整備する。バチカンに来る巡礼者は、信仰だけでなく芸術も体験する。精神と美の結合。これは、フランスの帳簿では測れない価値だ」


「第三。これが最も重要だがフランスの経済システムの中に組み込まれることを、恐れるのではなく、活用する。フラン経済圏が教皇領に浸透すれば、教皇領の経済は安定する。経済が安定すれば、教会の活動に使える資金が増える。資金が増えれば、宣教活動を拡大できる。教育を充実させられる。病院を建設できる。フランスの金で、教会の仕事をする。フランスは経済的利益を得る。教会は精神的な影響力を拡大する。共生だ」


キアラモンティ枢機卿が、苦い顔をした。彼はピウス六世の同郷の友人であったからこそ、心中を察することに長けていた。


「共生、と仰いますか。しかしそれは寄生ではないのですか。我々がフランスに寄生しているのか。フランスが我々に寄生しているのか」


「どちらでもある。どちらでもない」


ピウス六世が、微笑んだ。老いた笑み。だが、その中に、二十四年間の教皇職で培われた政治的洞察の鋭さが光っていた。


「キアラモンティ。寄生と共生の違いは、時間のスケールで決まる。短期的には我々はフランスに依存している。フランスの金がなければ教会は回らない。だが、長期的には、フランスが我々に依存するようになる。なぜなら、フランスの経済システムが地中海全域に拡大すれば、そのシステムの精神的正当性を保証する存在が必要になる。カトリック教会だけが、その役割を担える」


「精神的正当性?」


「フランスの通貨であるフランは、紙と金属で出来ている。紙と金属に価値を与えるのは信用だ。信用は、信仰に似ている。目に見えないものを信じる力だ。教会は、千年にわたって、目に見えないものを信じる力を育ててきた。その力は、通貨の信用を支える力と、構造的に同じだ」


会議室が、深い沈黙に包まれた。


枢機卿たちは、教皇の言葉を咀嚼していた。信仰と経済。教会と通貨。神と帳簿。これらは対立するものだと思っていた。だが教皇は、それらが同じ構造を持つと言っている。信じる力。目に見えないものへの信頼。それが、十字架にかけられた神への信仰であろうと、紙に印刷された通貨への信用であろうと。


「我々は、降伏した。だが、降伏した者が永遠に敗者であるとは限らない。ローマは何度も征服された。だが、ローマを征服した者たちはすべてローマに飲み込まれた。フランスも同じだ。フランスは教皇庁を経済的に征服する。だが、教皇庁はフランスを精神的に征服する。時間が、それを証明するだろう」


ピウス六世が、着席した。


「決議を取る。フランスとの経済協力を、全面的に受け入れる。巡礼路の整備。フラン建て決済の導入。教皇領のインフラへのフランス資本の投入。すべてを、承認する」


採決が行われた。


賛成十。反対二。


ゼラーダ枢機卿とキアラモンティ枢機卿が反対票を投じたが、大勢は決した。


こうして教皇庁は公式にフラン経済圏の一部になった。


* * *


十二月。


パリのロベスピエールの元に、ローマからの報告が届いた。


タレーランが報告書を読み上げた。


「教皇庁、フラン経済圏への全面参加を枢機卿会議で承認。巡礼路整備の全区間について教皇庁の正式許可。フラン建て決済の教皇領内での公式導入。バチカン美術館の拡充にフランス資本の受け入れ。以上」


ロベスピエールは、報告書を受け取り、数字を確認した。フランの流入額。道路整備の進捗率。教皇領内のフラン建て取引比率。すべてが、計画通りに進行していた。


「予想より早いな」


「アントワネットの功績だ。あの女の笑顔は私の外交文書の百倍の効果がある。認めたくはないが」


タレーランが、杖を突きながら苦笑した。


「教皇は理解しているか。自分が何を受け入れたのかを」


「理解している。完全に」


ロベスピエールが、即答した。


「アントワネットの報告によれば、教皇は我々の経済的意図を、正確に把握している。巡礼路が物流網であることも。フランの浸透が教皇領の経済的従属を意味することも。すべてを知った上で、受け入れた」


「知った上で受け入れた?なぜだ。抵抗しないのか」


「抵抗する力がないのだ。だが」


ロベスピエールは、報告書の最後のページを指で示した。


「教皇は、受け入れながら、条件をつけている。巡礼路沿道への新教区設立。バチカン美術館の拡充。教会の教育活動の強化。つまり、フランスの資本を使って、教会のインフラを再建しようとしている」


「フランスの金で教会を強くする。寄生か共生か」


「どちらでもある。どちらでもない。教皇は賢い男だ、タレーラン。七十六歳の老人だが、頭脳は衰えていない。彼は短期的には降伏しながら、長期的には巻き返すつもりだ」


「巻き返す?帳簿の数字が示す限り、教皇領の経済は完全にフラン依存だ。巻き返す手段がない」


「手段はある。信仰だ」


タレーランが、眉を上げた。


「信仰?信仰で帳簿は動かない」


「帳簿は動かない。だが、帳簿を読む人間の心は動く」


ロベスピエールは、窓の外を見た。


「タレーラン。我々のシステムは完璧に機能している。通貨。物流。科学。外交。芸術。すべてが噛み合い、すべてが回転している。だが、一つだけ我々のシステムには提供できないものがある」


「何だ」


「意味だ」


タレーランが、杖の握りを止めた。


「人間はパンだけでは生きない。道路だけでは歩かない。フランだけでは幸福にならない。人間は自分が何のために生きているのかを知りたがる。意味を求める。目的を求める。我々のシステムは、パンとフランと道路を提供するが、意味は提供しない。意味を提供するのは、教会だ。宗教だ。信仰だ」


「……」


「教皇は、それを知っている。だから、降伏しながら、教会の教育活動を強化しようとしている。フランスの資本で学校を建て、司祭を配置し、信徒に意味を提供する。我々の経済システムの中で暮らす人々が、経済的には我々に依存しながら、精神的には教会に依存する。その構造が完成すれば、我々と教会は、互いに相手なしでは機能しない共生関係になる」


「共生か。あるいは、相互依存の罠か」


「どちらでもある」


ロベスピエールは、報告書を閉じた。


「いずれにせよ、第一段階は完了した。教皇領はフラン経済圏に入った。巡礼路は建設中だ。次は」


「次は?」


「地中海だ」


ロベスピエールの目が、机の上の地図に移った。イタリア半島の南。シチリア島。そして地中海の中央に浮かぶ小さな島。


マルタ。


「地中海の制海権を握るには、陸路だけでは足りない。海上の拠点が必要だ。そして、地中海の最も戦略的な位置に、一つの組織がある。資金難と存在意義の喪失で風前の灯の組織が」


「聖ヨハネ騎士団」


タレーランが、即座に答えた。


「マルタ騎士団、か。あの自堕落な騎士たちが、まだあの島にいるのか」


「いる。だが、長くはもたない。彼らは、我々が手を差し伸べるのを待っている」


「手を差し伸べる。美しい言葉だな。あるいは契約書を突きつける」


「どちらも同じことだ。ナポレオンに、マルタ行きの準備をさせろ」

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