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【95話】星屑の決意 5

 

「うおおぉぉ」


 慎(しん)吾(ご)は鬼神の如き迫力で、甲冑に竹刀(しない)をたたきこんだ。


「りゃあっ! はぁっ! たあぁ!」


 兜めがけて面、面、面と怒涛の連撃。


 筵(むしろ)をかけた庭に嵐のような気迫が吹きすさぶ。


「この、この、こんちくしょうが」


 甲冑はたおれないように設定しているが、そのときの慎吾は声だけで相手を吹き飛ばせそうなほどの闘気を放っていた。


(あんな旦那、見たことない)


 思わず、万福(まんぷく)は息を呑(の)んだ。


(覚醒だ。眠っていた旦那の才能が覚醒したんだ)


 興奮した。うれしかった。


 でも相棒が遠くへ行ってしまうようなさびしさも、ちょっぴり感じた。


 それらの想いで胸がざわついたとき、


「う……」


 不意に慎吾が竹刀を落とした。


 そして、


「ううう」


 その場にひざから崩れ落ちた。


「だ、旦那、だいじょうぶですか?」


 あわてて万福は慎吾のもとへ駆け寄った。


「う、う、う」


「ちょっと待ってくださいね。いま救急車を――」


「奈々(なな)ちゃん」


「へっ?」


「奈々ちゃん、ごめんよ。ごめんよ」



 *  *  *  *  *



 それから20分後。


 慎(しん)吾(ご)と万福(まんぷく)は縁側に腰掛け、空ではなく地面を見つめていた。


「みっともねえとこ見せちまったな」


「それなら日頃から見てるんで、いまさらどうってことないですよ」


 たたかれる覚悟で冗談を言ったが、意外なことに慎吾は、


「ありがとよ」


 微笑を湛(たた)えて、礼を述べた。


「幼馴染で、ずっと好きな子がいたんだ」


「それが奈々(なな)ちゃんですかい?」


「ああ。男勝りの元気な子でな。中学はべつになっちまったけど、それまではよくいっしょに遊んでたんだ」


「人に歴史ありですね」


「奈々ちゃん、結婚したんだ」


「…………」


「トイレを出たとき、スマホにSNSの通知が来たんだよ。『このたび入籍しました』って」


「心中察します」


「画像の奈々ちゃん、沖縄のきれいな海をバックに相手の男と手ぇつないでたんだ」


「ちなみに相手はどんな人です?」


「ダメオーラ全開のハゲ中年」


「まるで旦那じゃないですか」


「そうだよ。だから腹が立つんだ」


 慎吾がグズッと鼻をすすった。


「そりゃよ、相手が吉澤(よしざわ)キョウみたいな国宝級イケメンならあきらめもつくし、素直に祝福だってできるさ。でも――」


「相手が自分に似てるのがくやしい」


「そうだよ。しかも頭だけじゃなく、顔もどこかおれに似てるんだ」


 そこで一度、慎吾は言葉を切った。


「小6ンとき、奈々ちゃんから本命のバレンタインチョコをもらったんだ」


「ひゃあ! それじゃあ、おふたりは相思相愛だったってことですか?」


「まあな」


 慎吾が照れくさそうに笑った。


「でも、おれはホワイトデーにお返しをわたさなかった」


「どうして?」


「いまじゃバカげてると思うけど、当時、おれらのあいだじゃ、女子とつきあう男はエロいって風潮があったんだ。それで、ともだちにからかわれるのがいやで、ホワイトデーにお返しをわたせなかったんだよ」


「そうだったんですか」


「でも、それだけじゃねえ。ほんとは怖かったんだ」


「怖い? 何が?」


「奈々ちゃんとの関係が変わることだよ。奈々ちゃんの気持ちに応えたら、いままで築いてきたともだちって関係が壊れちまうんじゃないか。それが怖くて、おれ、お返しをわたせなかったんだ」


 万福はは(・)ら(・)だ(・)し(・)という妖怪。


 そして妖怪は変化を嫌う傾向のある生き物。


 だから慎吾の気持ちもわかる気がする。


「それからだよ。奈々ちゃんとの距離が少しずつ遠ざかったのは」


「でも、好きって気持ちは変わらなかった」


「ああ。だから、くやしいんだ。もし、あのとき奈々ちゃんの気持ちに応えていたら、あの子と手をつないでいるのはおれだったかもしれない。そう思うと、なんだか奈々ちゃんを盗(と)られたような気がして――」


「甲冑を相手の男に見立てて、たたきまくった?」


「そうだ」


「どうりで気迫がすごいワケです」


「最初は怒りにまかせて、たたきまくった。でも次第にこんなことしてる自分が情けなくなってきた」


 そこで、ふたたび鼻をグズッ。


「こんなことして、なんになるんだ? おまえは愛する女性のしあわせを願うこともできないのか? そんな想いが胸を刺したんだ」


 おそらく、それをしたのは慎吾の道徳心だろう。


「奈々ちゃんが選んだ男だぞ。いい人に決まってるじゃないか」


「旦那……」


「それなのに逆恨みなんかしてさ。同じハゲ中年でも、おれは本当にダメなやつだよ」


 そう言って、慎吾は自虐気味にひたいをたたいた。



 *  *  *  *  *



「旦那、腹へってませんか?」


 万福(まんぷく)が腹をさすりながら言った。


「ああ。減ってる」


「なら、うまいもんを食いにいきましょう」


「そうしたいけど、カネがねえよ」


 信(しん)吾(ご)は甲冑をあごでさした。


 懐(ふところ)がさびしいのは万福と20万円を出しあい、甲冑を購入したからである。


「カネなら、あっしにまかせてください」


「まかせるも何も、おまえだってスッカラカンだろうが」


「えへへ」


「なんだよ、また気持ち悪い声だして」


「内緒にしてたんですが、じつは少し前にトミクジ・ジャンボで5万円あてましてね」


「マジかよ」


「甲冑の代金とはべつに、いま自由に使えるカネが手元に2万あるんです。それでうまいもんを食べにいきましょうよ」


「いいのか?」


「男のなみだは男が拭(ぬぐ)うもの。こういうときは、うまいもんを食って、心の穴を塞いじまうんです」


「乙なこと言うじゃねえか」


「ある怪異(ひと)からの受け売りですけどね。汗をかいてるから、先に銭湯に行きましょうか」


「そうだな」


 腰をあげると、慎吾は冬の夜空を見あげた。


 目に留まるのは一等星の強い光。


 だが慎吾はその向こうに撒(ま)かれた無数の星屑を見ようとした。


 そう。自分は星屑。


 最強の霊力も必殺の奥義もない。


 でも、どんな弱くても守らなければならないものがある。


 この町に住む人の笑顔と日常。


 それを闇に紛れ、手先(てさき)とともに守ることが魔廻(まわ)りの使命である。


「万福、強くなろうな」


「はい」


 誓いを立てた、その直後。


 一筋の流星が尾を引きながら、暗い空を駆けていった。



(星屑の決意・完)

【あとがき】


これからもゴクハナの新作エピソードは投稿していく予定です。


投稿日は活動報告【おはぎ日和】でおつたえするので、興味のある方は、こちらもチェックしてみてください。


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